第41話 秘密

 東海学園の背番号10が青木健太で、来春のドラフト1位候補だと美悠紀が知ったのは佐藤秘書に見せられた野球雑誌の記事でだった。

 美悠紀は激しく動揺した。それじゃあ美悠紀は青木からとんでもない事実を聞いてしまったことになる。

 こうして雑誌に載っているということは、まだ世間は本当のことを知らない。

 青木健太は野球部を近々辞めるつもりだ。理由までは教えて貰えなかったが今の野球部を良く思っていないみたい。

 なんで野球辞めちゃうんだろう。もったいないのに・・・。美悠紀はまた青木と話がしたいと思った。たとえしどろもどろになってしまおうとも。

 でも電話番号知らない。LEINのIDも知らない。手紙を書く? どこへ送るの? 学校、東海学園に? そんなの無理だあ。

 怪我が治って練習に出るようになってからも美悠紀は悶々としていた。そんな時、佐藤秘書にその雑誌を見せられたのである。

 更に佐藤は言った。

「真藤さん。青木君の電話番号調べてあげようか?」

「ひ!」

思わず悲鳴を挙げる美悠紀。

「どうする?」

「いや、あの、その」

 美悠紀は既にしどろもどろだ。こんなんじゃ電話したって話にならないだろう。

「いいわよ。こういう時はどんなことをしてでも・・・ね!」

 佐藤は不気味な笑顔を美悠紀に向けた。

「あ、まさか・・・。佐藤さん、私と青木さんが病院の入口で・・・」

 あの時、母が来るとどこからともなく佐藤秘書が現れた。もしかしてその前からあの辺りにいたのでは?

 まさか、まさか、私と青木さんの話を聞いていた? 美悠紀の心臓は早鐘の如く打ち始めた。そしてまた顔が熱くなる。

 ただ大変魅力的な申し出ではあった。

「聞いてたんですか?」

美悠紀が諦めたように佐藤秘書に尋ねた。

「ちょっとね・・・」

 佐藤が笑顔で答える。

「ちょ、ちょっとって・・・?」

「また会って貰えませんか・・・なんてね」

「あ〜〜〜!」

 美悠紀はその場に頽れた。頭を抱え、身悶える。

「まあまあ」

と佐藤。

 本当にそこだけなのか? 美悠紀は気になった。本当にそこだけなら、青木の重大な秘密のことは知らないはずだ。でも、

「あ〜〜〜!」

 恥ずかしい。やっぱり恥ずかしい。最高に恥ずかしい。

「そこだけ聞こえちゃったのよ。ふふ」

 佐藤が言った。美悠紀もようやく立ち上がると言い返す。

「本当にそこだけなんですね? それに、その、ふふって何ですか!」

「ごめん、ごめん。誰にも言わないから。理事長にも言わない」

「本当ですね。聞いたのそこだけですね? もう油断も隙もないんだから」

「で、電話番号どうする?」

「いりませんって」

 大変魅力的な申し出だったが美悠紀は拒否した。だって、電話番号調べたなんて、それ絶対嫌な女だ。

「でも、青木君イエスとは言ったけど、何も教えてくれなかったじゃない・・・」

「あ〜〜〜! もう止めて。いいんです。きっと電話くれるから。待ってます」

 美悠紀が小さな声で言った。

「真藤さん。待ちの姿勢では物事は全然先へ進みませんよ。進んだとしても遅くなって後の祭りになっちゃうかも」

 佐藤が意味深なことを言った。

「どういう意味なんですか?」

「まあ、私に任せておきなさい。悪いようにはしませんから」

 佐藤はそう言うと行ってしまった。引き留める間もなく。おかしなことをするなと釘を刺す前に。


 佐藤からはその後何も言ってこない。いつもの日々が過ぎていった。相変わらず理事長に提出する報告書は佐藤秘書に渡すことが多いし、練習もただ見ているだけだった。

 ただ最近はニヤニヤ笑っていることが多い気がするのは美悠紀だけか。

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