第40話 女が野球をやること
「あのね、園田さんと真藤さんが女子硬式野球部を創りたいって言ってきた時、私はジェンダーってことを考えたの」
「ジェンダー?」
「少し大げさなんだけど、女性だから出来ない、やれない、そしてやると差別されること、色々あるのよ。特に大人になるとさ」
「性差別ってことですか?」
「そうね・・・。生物学的な性差ではなくて、社会や文化の中で固定していった性差のことかな。それは女のやるもんじゃないって決めつけられるの嫌じゃない?」
山辺はある政府会合での様子を思い浮かべながら話した。
「バスケだってバレーだって、みんな男女のクラブがあるよねえ。なんで野球はそうじゃないんだろう」
佳恵が言い出す。ちょっと違うなあと思いながら山辺がそれを話す。
「そうねえ、まあ今は硬式野球の女子部も結構あるし、単にやりたい人が少ないからかもねえ・・・」
「そうか・・・」
佳恵が自分の言ったことが的外れだと気が付いたようだ。頭のいい子だなと山辺は思った。
「あなたたちに双子の弟、妹がいたとします。誕生日のプレゼントをあげる時に、弟には野球のグローブをあげました。妹には玩具のキッチンレンジを上げました。これ、どう思う? 例えよ。男の子は野球を、女の子はお台所のママゴトをって・・・」
「わたし、あのミニチュアセット欲しかった・・・買ってくれなかったけど」
と言ったのはみずきだった。
「決めつけるものじゃないってこと?」
佳恵だ。
「ウチのお父ちゃん、兄貴には大学行けって言うけど、私には早く嫁に行けって言うんです。わたしまだ16なのに」
今度は花蓮。周りから笑い声が起こる。
ちょっとズレてきたかも知れない。山辺は思った。まだこの子たちは切実な性差別を知らない。
「だからこそ今のうちに考えておいて欲しいの、ジェンダーの問題。世の中には色々な人がいる。いていいんだってこと」
するとおずおずと神谷が手を挙げた。
「神谷さん、珍しい」
花蓮が囃し立てる。
「あの、うちの父は金属加工の工場を経営してるんだけど、この前若い女性が働きたいって応募してきたんだって」
神谷が構わず話し出した。
「25歳くらいの人なんだけど、働いて技術を覚えたいって」
周りからなんとも言えない声が上がる。
「会社の人も女じゃ直ぐ辞めちゃうんじゃないか、結構きつい仕事だし長続きしないだろうから止めた方がいいって」
結構マジな話らしく皆も黙って聞くようになった。
「その人は美術大学で彫金をやってたそうなんだけど、芸術作品作るのは嫌になって、実用になるものを作りたいんだって。それでうちの会社を希望してきたんだって」
一息ついて神谷が続ける。
「で、父が家族に聞いたの。どう思うか。そしたら母が、女なんかに金属加工の仕事は出来ませんよ。会社に置いておくのは無駄だから止めた方がいいって。で私、お母ちゃんだって女じゃない、なんで決めつけるのって思ったんだけど、言えなかった・・・」
「それで結局採用しなかったの?」
と山辺。
「うんうん。父はその人採用したの。それも男性従業員と同じ条件で。やる気のある人を取る方がいいって。男だって辞める奴は辞めるんだからって」
「へえ、お父さんなかなか合理的な考え方の持ち主ね」
と山辺が持ち上げた。
「でも母が、今はよくても、そのうち結婚して辞めるだろう。子供が出来れば辞めるだろうって文句言ってた」
「そうよお、案外女性の敵は女性ってあるの。自分の時のことを考えて厳しくなるのよね。でも確かに近々そういう問題は起こると思う。その時のお父さんの対応が真価を問われる時ね」
「それってどういうことですか?」
神谷が山辺に尋ねた。
「女性は男性とは違う。でも必要な制度を構じれば、その女性だって働き続けられる」
山辺が答えた。
「そうか、産休や育休制度を会社として整備するとか、そういうことですか?」
「それはだいじな事ね。でも私がこの野球部に期待したのは、もっと根本的なこと。女子も男子と同じように野球をやりたい、その為の障害を越えていく努力をして欲しい。そして手に入れた権利に甘えないで前進して欲しいってことなの」
山辺はここらが潮時と判断した。急ぐことはない。まだ時間はある。
「この話はここまでにして。部員を増やしましょうよ。だって1人怪我で出られなくなったら没収試合で負けなんて悔しいじゃない」
山辺が言った。意外にも反対の意見があった。増えるとそれこそ東海学園のような部活になっちゃうんじゃないかという不安だ。
「私ももう少し2〜3人でいいから増やしたい。控えの選手も必要だと思う。私たち9人が集まったように、じっくり話をして熱意のある人を入部させるってことでいいんじゃないかな」
栞がまとめてくれた。
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