第39話 スイレンにて
母は8時半を過ぎたところで病院に現れた。それでも充分急いで来たのだ。美悠紀には分かっていた。
「心配させてごめんね。大丈夫だから」
美悠紀は言ったが、そこへどこからともなく佐藤秘書が出てきた。
「真藤美悠紀さんのお母様でしょうか? 私、グリー学園高校女子野球部の部長代理で佐藤と申します」
そして事の顛末を母に説明した。実に簡潔に、しかも的確に要点を伝えている。
美悠紀はこの人凄いなと思った。自分は誰かに何かを伝えようとしても、しどろもどろになって、最後は諦めてしまう。頭いいんだろうなこの人、そう思った。
佐藤との関係は微妙だ。報告書の提出先であり、毎日の練習は見ているだけ。特に話もしないし、練習内容に口出しすることもない。
たまに練習がだらけていても佐藤秘書は何も言わなかった。
でもこういう時はきちんとしている。
「・・・特に入院の必要もないと医者からは言われていますが、今晩は腫れて痛むことも想定され大事を取って入院して貰いました。病院の費用は学校が持ちますので・・・」
そうなんだ、学校持ちなのかあ。美悠紀は気前いいなと思った。
そして佐藤秘書は、
「この度は大事なお嬢様を怪我させてしまい、大変申し訳ございませんでした。今後は充分注意をして・・・」
と母に詫びを言った。大事なお嬢様なんて言われたことない。
すると母がいつもの口調とは打って変わって、こう言ったのだ。
「いえいえ。適切な処置をしていただきありがとう存じます。部活中のやむを得ない事故と思っております。以後はお気にされず・・・」
ところがその後にこう付け加えた。
「そのプレーは事故なんでしょうか? それとも故意なのでしょうか?」
佐藤秘書の顔色が変わった。
「それは、はっきりとは分かりません・・・」
母は佐藤の返答を聞くと美悠紀の方を見た。
「美悠紀、審判の判断は? どうだったの?」
「うん。栞がね、主審に危険行為じゃないかって抗議したんだけど、セーフのジェスチャーだった」
美悠紀がさっき栞に聞いたことを母に話した。
「そう。じゃあそう言うことでしょう。それでいいのね?」
母が美悠紀に念を押す。美悠紀ははっきりと頷いた。これで美悠紀も気持ちの整理が出来た。
スイレンの座敷で女子野球部8人と山辺理事長がお好み焼きを焼いていた。
「あれは絶対わざとだと思います」
一貫して主張するのはドスサントス百合子だ。同様に神谷五月も故意にやったと言っている。他の部員たちは栞を除いてよく分からないと言った。
「園田さんはどうなの? そういう意味じゃいちばん近いところにいたんでしょ?」
山辺が栞を問い質す。
「あたしもあのバッターには違和感を感じていました」
これに百合子と神谷が大きく頷く。ただ栞は更に続けた。
「でも、主審は私が抗議した時セーフだと示した。境戸さんのことはよく知ってるつもりです。良くも悪しくもです。その主審がセーフなら・・・そうかな、とも思う・・・」
この意見に山辺は我が意を得たりとみんなの顔を見廻して話し出した。
「私は野球には詳しくはありません。でも主審がそう判定したのなら、証拠もないのにこれ以上騒ぎ立てるのは、よくないんじゃないの?」
百合子も神谷もまだ不服そうだったが、腹も満たされだいぶ落ち着いてきている。
「さっき佐藤さんから連絡があって、真藤さんも同じ意見だそうよ。怪我もたいしたことなかったし、この
山辺がもう一度選手たちの顔を見るとどうやら納得して貰えたと感じた。それで山辺は今日の試合で考えたことを話し出した。
「東海学園野球部、嫌なクラブね。女子も男子も。勝利至上主義っていうの? 勝つためには全てを犠牲にするみたいな」
すると三井が声を上げた。
「あそこって総監督って人が男子も女子も見てて。その下に男子部監督、女子部監督がいるんだよね。で、勝つことが正義みたいな運営するんだって。知り合いが前いてさ、毎日憂鬱で仕方ないって嘆いてた」
「そこいくと、私たちは毎日楽しいよね」
花蓮が言った。
「だってウチの監督自由だもん」
佳恵が栞を見て言う。
「部長も自由だしね」
みずきが言うと皆から歓声が上がった。すると山辺がジュースを一口、日頃思っていることを伝える。
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