第37話 後味の悪い練習試合

 試合はフォーフィテッドゲームとなった。練習試合ではあったが、ルール上は没収試合だ。東海学園女子野球部の勝ちである。

 佐藤が守備妨害を主張したが、ボールはサードが処理したと見なされた。

 観客は口々にこの結果に文句を言った。納得できないと。あれはわざとじゃないのか、そう言う者たちも多くいた。

 それで施設に当たり散らす者もいた。騒動はホームタウンのゲームで起こった事件のようだった。

 そういう事情もあって東海学園の選手、関係者たちは早々にバスに乗り込み総合運動公園を離れていった。身の危険を感じたのだろう。

 いったん総合運動公園の医務室に運ばれた美悠紀だったが、土曜の夕方で既に医者もいなかった。

 救急車で市内の整形外科へ運ばれる。総合運動公園医務室に医者を派遣している市民病院だ。

「ああ! もう! こんな試合、やらなきゃ良かった!」

 山辺理事長が珍しく取り乱している。その隣で佐藤秘書が関係者に電話を掛けまくっていた。

「あんな野球部だとは全く知らなかった! 高野連に訴えてやる!」

 山辺の怒りは収まらない。

「それに、あの試合はウチの勝ちなんじゃないの? 2対0で勝ってたんだから」

そんな山辺をなだめるのに佐藤は苦労していた。

 そこへ総務部長の下山田が駆けつけて来た。

「理事長! 落ち着いてください」

「下山田さん、訴訟の準備を! これで真藤さんの足にもしもの事があったら警察へ、警察へ届けないと・・・」

 山辺の興奮はまだ収まっていなかった。

「没収試合か・・・8人じゃ試合は出来ないからな」

 栞が誰に言うでもなく口を開いた。山辺理事長に言ったのかも知れない。

「部員を増やさないとだめだな・・・」

 すると百合子が、

「もう1人いれば試合が続行できた。そうなりゃ俺がピッチャーやったってよかった。まあ美悠紀ほどの球は投げられないけど。次のバッターにぶつけ返すことくらい出来た」

と言ったのだ。

「百合子、物騒なこと言わないで」

 佳恵が百合子を抱き締める。百合子の瞳から涙が溢れていた。

「分かってたんだ、分かってたんだよ! あいつ、危ないって。最初からやる気だったんだ!」

 百合子が泣きながら喚き続けた。

 医者が出てきた。

「先生、いかがですか?」

 冷静さを失っている山辺理事長に代わって佐藤秘書が医者に駆け寄る。

 美悠紀のレントゲン検査に異常はなかった。足の骨は折れていない。

「明日今度はMRIを撮りますが、大丈夫でしょう。打撲傷は2週間もあれば快復すると思います。今日は腫れるかも知れないので念のため入院して様子を・・・」

 そう言うと医者は奥へ戻っていった。看護師が車椅子に座った美悠紀を連れてくる。

「美悠紀!」

チームメイトが集まる。

「みんな心配掛けてごめん」

 美悠紀は元気な様子だ。今は痛み止めが効いているのだろう。

「もう心配ないから。みんな帰って。お腹空いたでしょ」


 元気そうな美悠紀を見て安心したチームメンバーたちはようやく帰り支度を始めた。

「理事長、このままあの子たちを帰しちゃだめですよ」

 佐藤が山辺に言う。

「え?」

「理事長は女子野球部の部長でしょ。彼女らの心のケアを。憎しみの詰まった状態で解散したら、不測の事態が起こるかも知れない。心が病むかも知れないですよ。部長なら、やるべき事です」

 佐藤の言葉は酷く真っ当だった。山辺は気を落ち着け、どうすべきかを考える。

「分かった、食事でもしながら話してみる」

 山辺が言った。

「それがいいです。食事ならいいところがあります。予約入れておきましょう」

 佐藤はスマホを取り出すと電話を掛けた。

「はい、スイレンです」

 スイレンの女将が電話に出た。

「そんな店どうして知ってるの?」

と山辺。

「報告書によく出て来るじゃないですか。彼女らの部室ですよ」

「え?」

山辺にはよく意味が分からない。

「いいから、行ってらっしゃい」

「佐藤さんは?」

「真藤さんの保護者の方がまだです。私はお母様がいらっしゃるのをお待ちして、事情の説明とお詫びを」

「分かった。宜しくね。病院の費用は全部学校で持ちますから」

「承知しました」

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