第35話 穴なんてない

「なんかおかしいね・・・」

 栞が言った。

「どういうこと?」

「美悠紀のプレート捌きのことは直ぐ分かると思ってたけど。どうもそれだけじゃないなあ・・・」

「栞もそう感じるか?」

「うん」

 するとドスサントス百合子が割り込んできた。

「最初掻き回しに掛かってると思ったんだけど、これ情報集めやってないか?」

 すると三井がポンと膝を打った。

「そうだよ、データ分析だ」

「そうか、境戸監督が得意としてた作戦だ」

神谷が言うと、花蓮も賛同する。

「何ですか? その作戦て」

「美悠紀は知らなくて当然だけど、今日主審やってる境戸ソフトボール部監督が良くやるんだよ。試合中に対戦相手の戦力を測るのにあれこれ試してみるのさ」

「試してみる?」

「セーフティバントだ、盗塁だ、ヒットエンドランだ。わざと外野フライ上げて野手の肩を見るとか。もちろんピッチャーに対してはさらに細かく情報を取る」

 神谷が栞の代わりに解説した。

 すると花蓮が立ち上がった。

「もしかしたら、穴を探してる?」

「穴?」

「ほら1回、2回うちは豪打で点を取って、きれいな内野プレーで押さえた・・・あれ? 舐めてたけど、こりゃ拙いぞ。で、3、4、5と色々試して穴を見つける。6回、7回でそこから崩そうって・・・」

 花蓮は言ってから寒そうに両腕を組んで見せた。

 6回の表。美悠紀は再びワインドアップで投げた。右バッターを迎えて大きく振りかぶる。するとバッターはバッターボックス後方へずれたのだ。更に左足を引いた。

「流し打つ気だ!」

 栞が呟く。ボールが美悠紀の手を離れた。センター三井とレフト神谷が走り出す。

 美悠紀の投げたボールはアウトコースギリギリへ。体勢を崩しながらバッターはアウトコースのボールに手を出す。

 キン!

 ボールはファーストの頭上を越えて行った。

だが、そこには蓉子がいた。蓉子はつんのめりながら前進してこれを捕った。

 ライト定位置にまで来ていた三井はセンターへ戻っていく。神谷もレフトへ。

 男子野球部との試合で見せたプレーと同じだったが、内容はだいぶ違う。蓉子は特に笑顔も見せず守備位置に戻った。

 次の打者は左バッターだ。

「今度は引っ張る気か?」

 1球目、美悠紀のフォーシームがうなりを上げて内角を襲う。たまらずバッターは腰を引いた。ボールだ。

 2球目、美悠紀はプレート右端を踏んで投げる。セットポジションだ。こういう時にはこの方がいい。

 バッターはインコースを確信する。ただ1球目を見せつけられているので右足を少し引いている。

 そこへ予定通りのインコースだが、チェンジアップだ。しかも高めに浮いてきた。思わずバッターが強振する。

 鋭い金属音を発してボールはライトとセンターの中間辺りに飛んだ。蓉子には捕れないだろう。センター三井にもギリギリだ。

 だが、飛んだ先には花蓮が待っていた。正面で捕って2アウト。

 3番目の打者は粘ったあげくに美悠紀のチェンジアップを1、2塁間へライナー性の当たりだ。

 ファーストもショートもこれを捕れず、ボールは点々とライト前へ、のはずが、セカンドが難なく捌いて1塁アウトに。

 セカンドがライトの前に移動していた。代わってセカンドベースにはショートがいる。

 カバー戦法で6回を守り切ったグリー学園はダッグアウトに引き上げてくる。

「みなさん、すいません」

 ドスサントス蓉子が皆に頭を下げた。

「何言ってんだよ。これがチーム力だろ。どのチームにも弱いところはあるんだよ。それを全員でフォローする、当たり前さ」

 百合子が皆に変わって蓉子の肩を叩く。

「うん。私もっとうまくなる」

 蓉子は言いながら涙を拭いた。


「さて、7回最終回だ。東海学園はどう出て来るかな。ライトが穴にならないことは分かったはずだからな」

 栞はそう言うと美悠紀に何やら耳打ちをする。美悠紀は黙って頷くとマウンドへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る