第34話 データ野球

 2回の表。美悠紀はワインドアップからセットポジションへ投法を変えた。いつものスタイルだ。やはりこちらの方が落ち着く。

 美悠紀はピッチャープレートの踏み位置を変えながら左右に投げ分けていく。

「サード!」

栞が声を上げた。

 打ち損ないの打球は3塁前にトントンと転がる。美悠紀は栞の言葉に反応して、このボールを追いかけない。

 サード百合子は軽快にこのボールを捕球、1塁佳恵に送球した。

 スパーン

 これでワンアウトだ。続く5番、6番をショートゴロ、セカンドライナーに打ち取ってチェンジだ。

 この回美悠紀は僅か6球しか投げていなかった。

 内野連携も良く出来てる。これで本当に出来たばかりのチームなのか? 東海学園ベンチでは参謀たちがしきりと感心していた。

「少人数の出来たてのチームだからなんでしょうね」

 東海学園のコーチを務める男が言った。

「どういうことかね?」

「仲良しなんでしょう。人数も多くなくてレギュラー獲得の競争もない。恐らく先輩後輩もないのでは?」

「なるほどな。なら、歯車が噛み合ってる今がベストで、少しでも狂い出せば・・・」

「脆くも崩れ去るかと・・・先ずは穴を探すべきでは?」

 そして東海学園は3回から戦法を変えた。野球の試合では良く掻き回すと言う。そういう戦法に近い。

 ただ5回を終わるまでグリー学園は相手の戦法の変化に気が付いていなかった。

 美悠紀もワインドアップからセットポジションに変えている。東海学園の戦い方が変わってきていたことに注意が向かなかったのだ。

 残すところ後2回だというのに、試合は互いに手詰まり状態になっていた。

「何か変ですね」

 山辺理事長の隣に座る秘書の佐藤が言った。

「変って?」

「はい。東海学園野球部について、ネットで面白い記事を見つけまして」

 佐藤はタブレットを取り出すと山辺に渡した。そこにはあるスポーツ雑誌が特集した高校野球についての記事があった。

「これは?」

「東海学園野球部についての分析記事があります。ドラフト候補青木君もいますしね。コーチの1人にエンジニアと呼ばれる人がいるそうです」

「エンジニア? ミュージカルかしら?」

「いえ。データ処理の専門家だそうです」

「データ処理?」

「つまり東海学園野球部はデータ野球を得意とすると。だから女子チームも同様かなと」

「どういうこと?」

 山辺理事長には理解出来ないようだ。

「ノムさんのデータ野球は公表される数字のデータと実際に見聞きしたことをいっしょに自らの野球理論によってはじき出されるものでした」

「ノムさん?」

「まあ結構です。そう言うデータ野球ではなくて、試合の中で実際に試行錯誤を繰り返してデータを取りAIがこれを分析するそうです」

 佐藤が説明する。

「そう言えば、3回以降東海女子の攻撃も守備もバラバラな感じがしたわね・・・。私だけかと思ってた」

「そうなんです。もしかしたらデータを取るために色々試していたのかもしれないです」

「あとは6回、7回の2回のみ。AIが何らかの答えを出している頃ですか・・・」

杞憂きゆうならいいんですが」

「でもそれって勝つための作戦立案てことよね。勝利至上主義って嫌い・・・」

 山辺が本音を呟くが、佐藤はそれが理事長だと納得した。

「それじゃあ、野球の試合のほとんどがデータ収集行為になっちゃうじゃない」

「ですよね。あの子たちどうしますかね」

「楽しく切り抜けて欲しいわ」

「はい」

 佐藤も心からそう思った。佐藤貴子、オックスフォードで教育を学んだ秀才である。

 山辺早乙女の教育に対する考え方に心酔して山辺の秘書となった。

 それがどういうわけか今は野球部の部長代理となり毎日の練習を見ている。そしてすっかり高校野球のファンだった。

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