第33話 先制
「プレイボール!」
主審は境戸がまた借り出されていた。
東海学園の1番バッターはゆっくりとピッチャーを見据える。
だが、美悠紀は両腕を大きく頭の上に、仰け反るように胸を張って、投球動作を始めていた。
ワインドアップで投げるのは初めてだ。だけど一度これで投げてみたいと思っていた。
「投球フォームを変えたんですね」
山辺理事長が隣に座る秘書の佐藤に言う。
「そうですね、今はランナーもいませんから」
佐藤が答えた。
「ワインドアップのメリット・デメリットって?」
美悠紀は大きく足を上げる。高い。観客席からどよめきが湧き起こる。右腕を後方へ下げると挙げた左足を大きく前に踏み出した。
「ワインドアップは動作が大きいので盗塁されやすいんです。だからランナーなしの時に使うフォームです。それとフォームが大きいゆえコントロールが悪くなる、と言うか乱れる可能性がありますね。一方メリットは・・・」
大きく右腕を振り挙げる。鞭のようにしなった美悠紀の長い腕。美悠紀は握ったボールを頭の上から振り下ろすようにして投げた。しっかりとスナップも利いている。
と同時に美悠紀の今や軸を外れた右足は大きく後方へ蹴り出されていた。
ズドンッ!
「身体全部を使って投げるのでスピードが上がり球が重くなる・・・」
「重い音だった。東海女子、度肝を抜かれたでしょう」
「フォーシームですね」
山辺がふふふっと不気味な笑顔を見せた。
栞のキャッチャーミットからはボールがミットの皮に擦れて煙が上がっていそうだ。
「す、ストライック!」
境戸が大きくコールした。バッターは目を見張っている。見送ると言うより動けなかった。
審判のコールを聞いて観衆からどおっと歓声の波が起こる。美悠紀の1球が観衆を一瞬にして興奮のるつぼへと叩き込んだ。
続けて美悠紀は第2球目を放った。今度は少し力を抑えた。その代わり外角低めギリギリにコントロールした。
バッターはこれも見逃す。
次にインコース高めの球で空振り三振に仕留めた美悠紀は度胸満点に敵陣3塁側ダッグアウト上の観客席を見る。
そこにユニフォームを脱いでジャケットを羽織った青木健太の姿があった。ドキッとしたが、それは一瞬だ。
今は堂々と青木を一瞥して、2番バッターに集中する。今の美悠紀は集中できていた。
この一試合に全てを、美悠紀はさっき見てきた明寺ボールパークの石碑の言葉が頭から離れなかった。
1回の表を三者三振に切って取った美悠紀に東海学園は恐れを抱いた。こんな本格派のピッチャーが無名の女子野球部にいたのは驚きだ。
その東海学園の先発は美悠紀とは対照的な下手投げのピッチャーだった。
「美悠紀、先制点をプレゼントするよ」
三井が勇んで打席に立つ。既に2アウトだ。
サブマリン投法のボールは浮き上がってくるように感じる。だがスピードはない。
東海学園ピッチャーの投げた3球目、決め球のストレートを三井奈央が強振する。
カキンッ!
打球は低い弾道でレフト上空を越えた。三井の先制ホームランで、市民球場は熱狂した。
「三井さん、さすが」
美悠紀が手を叩く。ゆっくりダイヤモンドを回る三井を見て神谷が言った。
「じゃ、俺が2点目をプレゼントする。そうすりゃ、もっと気楽に打って捕らせるピッチングが出来るはずだろ」
「神谷さん・・・」
美悠紀が呟いた。すると花蓮が首を振りながら美悠紀の脇に来た。
「あの2人凄いです。ソフトの打法、レベルスイングに慣れてる2人にアンダースローピッチャーは通用しませんよ」
花蓮が男子部との試合のことを思い出しながら話した。
「そして美悠紀さんのピッチングの弱点をちゃんと理解してる。必ず守りますから打たせてください」
「花蓮、お前いいやつだな!」
背後から突然栞が抱きついてきた。
「ひえ!」
素っ頓狂な声を上げる花蓮だったが、その声は大観衆に掻き消されてしまう。
予告通り神谷が今度はレフトスタンドにホームランを打ち込んだ。
場内は大騒ぎだった。男子部の試合の
東海学園ベンチでは三井、神谷のスラッガーコンビも脅威となった。
女子野球ではまだまだ観客席へホームランを打ち込むのは少ない。それが2者連続だと。
このチームは出来たばかりだと聞いていたのに。これじゃ優勝候補と言っても過言ではない。
いい練習相手を選んだと総監督は練習試合を喜んだ。色々試してみようじゃないか。
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