第30話 練習試合

「何なのよ! 食事の邪魔しないでくれる?」

 栞が好戦的な態度で言い放つ。

 いつもの学食である。栞と美悠紀2人でA定食を頬張っているところに男子野球部の岡田が現れたのだ。

「ご、ごめん。出直すよ」

 岡田は直ぐに席を離れた。

「待って、待って。岡田先輩」

 美悠紀が声を掛けた。

「こっち来て座んなよ」

と栞。

 それで岡田義郎は戻ってきた。これでも男子野球部のキャプテンだ。

「それで・・・?」

栞が上目遣いで岡田を見る。怖い。

「あの、今週土曜日の市民球場予約入ってるでしょ」

 岡田が話し出したのは栞たちが市議会議員の圧力で毎土曜日押さえてある市営総合運動公園の野球場のことだ。

「それがどうしたの? 貸さないわよ」

 話の腰を折るように栞が好戦的に言う。

「いや、その、あの。譲って貰えないかなあと思って」

 岡田が切り出した。

「あ、やっぱり。ダメだからね。あんたたちには学校のグラウンドがあるじゃない」

と栞が吠える。

「バックネットがさ、ボロボロになってて急に補修工事が入ることになっちゃったんだ」

 岡田がすがるような目で言った。小動物系だと美悠紀は思った。調整役にはうってつけの人材なのかも知れない。

「それとどういう関係があんのよ。あたしたちの練習場所がなくなっちゃうじゃん!」

 栞は猛禽類だなと美悠紀は思う。それも姿美しいハクトウワシかな。

「本当に済まないんだけど、実は練習試合を予定してたんだよ。うちに来てくれることになってて・・・」

「練習試合? どことやるの?」

美悠紀が残りのご飯を飲み込むと岡田に尋ねた。

「東海学園」

と岡田が答えた。すると栞が、

「無理、無理。そんなの試合にならない。やるだけ無駄。よって球場は譲らない。終わり!」

と叫んだ。

「東海学園がわざわざうちの高校に遠征に来てあのグラウンドで試合してくれるって?」

 美悠紀も驚きだった。東海学園は昨年夏の甲子園で準優勝した。もちろん優勝経験もある強豪校だ。プロ野球選手も過去に5人排出している。確か来年のドラフト候補が居たはずだ。

 そんなエリート校がウチと練習試合!?

「ない、ない」

栞と美悠紀が声を揃えた。

「本当なんだよ。田野中監督が春頃に決めてきたんだよ。どんなコネなのか知らないけど、今まで忘れててさ。昨日確認の電話が入って分かったんだよ」

 岡田の話は何だか哀れみを誘う。栞はそこにつけ込んでまた罵倒した。

「謝っちゃえばいいじゃん。監督だってとっくに解任されてるんだから」

 うんうんと美悠紀も頷く。

「練習になんかならないよ。東海学園、うちと試合やったってさ。あ、もともとレギュラーメンバーは出てこないか。1年生チームなんじゃないの?」

 栞が酷いことを言う。

 岡田がコテンパンに言われているところへ野球部副将の佐嶋が呼びに来た。理事長が呼んでいるというのだ。ここにいる3人を。

 理事長室に並んだ真藤美悠紀、園田栞、岡田義郎と佐嶋祐一の4人に理事長山辺早乙女と秘書の佐藤貴子、総務部長下山田弘毅が対峙する。

「園田さん、真藤さん、今度の土曜日、市民球場をちょっと借りるわよ」

 山辺が言った。

「男子部が東海学園と練習試合をやるのに当初予定だったグラウンドが使えないので、市民球場でやりたいと思います」

 山辺が続けた。

 岡田がホッとしたのか顔がニヤける。それを栞が見ていた。

「あの、土曜日の市民球場は私たちの名前で借りています。又貸しというのはいかがなものかと・・・」

 栞が理事長に盾を突いた。すると山辺は余裕綽々よゆうしゃくしゃくで栞を見る。

「そうですね。なので、女子部にも練習試合をして貰います」

 山辺が突然言い放った。

 え? 練習試合? 私たちが? 美悠紀の方が栞以上に驚いた。

「それは、ど、どういうことで・・・?」

 栞が聞き返す。

「元々は田野中監督が組んでいた練習試合でしたが、いい機会なので私が先ほど直接東海学園と話をしました」

 美悠紀は益々驚いた。どうなってるんだろう。山辺理事長は何を考えているのか。

「聞けば東海学園にも女子硬式野球部があるそうです。まだ出来て3年のチームだとか。それならちょうどいいので女子部も練習試合をしませんかと提案したら二つ返事で・・・」

「ええ〜!」

 美悠紀と栞が同時に声を上げた。

「もうすぐ選手権大会が始まります。他校との練習試合のひとつもやって損はないと思いますが」

 山辺の言葉に美悠紀も栞も正直たじろいだ。対外試合なんて自分たちに出来るんだろうか。

 男子部に勝ったとは言え、あれは特殊ルールだ。出来たばかりとは言え同じ甲子園を目指す学校と試合なんて。

 こうして来る土曜日の午後はグリー学園高校男子野球部と女子野球部の2戦が市民球場で開催されることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る