第27話 特殊ルールは性差別?

「何なのよ! せっかく親切に教えてあげてるのに」

 美悠紀が不服そうに、起き上がった岡田に言った。

「だって動画チャンネルで・・・、そんなまさか・・・」

「今時はユーチュベでだいたい手に入る」

「そうかもしれないけど・・・」

「今はダルちゃんにツーシーム習ってる」

「習ってるって、番組見てるだけじゃ」

「だからさあ。じゃあどうしろって言うの!? どっかから自己中の塊みたいな監督また呼んで来たいの?」

「それは・・・」

 岡田はそんな女子部に負けたことが今更ながらに悔しかった。だいたいあんなとんでもないルールでなければ、負けやしなかったのだ。だけど・・・。

「あ! あんな特殊ルールじゃなけりゃ、負けやしなかったのにって思ってる」

 栞にズバリ言い当てられてしまった。

「そりゃそうだろ。そっちは1回ワンアウト取ればいいんだからさ。こっちはちゃんと3つアウト取らないといけないんだ。しかもシングルヒットがスリーベースヒットなんだぜ」

 さすがに岡田も正直な気持ちをぶちまける。

「まあ分からないでもないけど・・・」

 美悠紀が岡田に答えたが、妙に穏やかだった。

「あの特殊ルールは理事長が決めたことよ」

「ああ、グラウンドを3日貰うって言うのも理事長。あたしらは1日でいいからグラウンドを貸して欲しいって言っただけ」

 栞が付け足した。それで美悠紀が続けた。

「でもね、私たちも大変なプレッシャーだった。元々栞と始めた硬球のキャッチボールだったんだけど。色々あって私たちも野球やりたいって思ったの。特に栞や1年の子たちはねソフトボール部だったけど、あの部が嫌で野球やろうって。ドスサントス姉妹もね、行き場のないみたいな状況だったの。でも、もし野球部が作れたらって。みんなの夢になったんだ女子硬式野球部が。私たちは夢を賭けたんだよ、あの試合に。負けたら全て終わりですって」

 訥々と話す美悠紀に栞もしんみりムードになる。岡田もそこは認めないわけにいかなかった。自分たちはただ田野中監督の指示通りに動いただけなんだから。そんな夢を賭けた試合なんかしたことがない。

 甲子園を目指した格好になってるけど、全ては監督の指示通りなのだ。自分たちは操り人形みたいだと思った。

 ところが問題の監督は解任され、監督の手下だった体育教師も外れた。それでどうしていいか分からなくなって聞きに来たのだ。情けないなと思った。

 岡田は栞からノートを借りてコピーした。独自で練習メニューを作ろうと思う。

 そして第一の課題は、もう直ぐに迫っている坊主頭の件だ。あれをどうするのか決めなくては。そのことも2人に相談してみようかと思っていたが、やめた。さすがに格好悪い。


「あら今日は早いのね」

 母が仕事から帰ってきた。戦闘服のストライプのパンツスーツだ。

「うん。雨降って来ちゃったからね」

「あら、もう止んでるわよ」

「今日の練習は休みってしちゃったから」

「欲がないのねえ。それで甲子園行けるの?」

「行くつもりはあるよ」

「つもりね・・・。世の中そう甘くないと思うけど。私は美悠紀に甲子園連れてって欲しいけどな。甲子園で直にお父さんのピッチング見たことなかったから」

 母にそう言われて美悠紀は唸ってしまう。が、すぐに、

「よし、スコアブックの研究しようっと」

そう言った。

 2人で夕食を摂りながら話は男子部との試合のことになった。

「私には男子部、いい経験をしたと思うな」

と母。

「いい経験?」

「だってそうでしょう。今まではその監督さんの指図通りに動いてたんでしょ。主体性のないチームだった」

「そうかもしれないけど。こんなハンデ理不尽だって思ってたよ」

 美悠紀が答える。すると母がポンと手を打った。

「そこよ!」

「え?」

「理不尽なほどのハンデ、いえ、差別と言ってもいい」

「差別なんて」

「会社でもそうだけど、営業成績競ってるけど、そういう勝負なのよ」

 母は真面目な顔になっていた。

「対等な条件での勝負じゃない。私が女だってことだけで、既に大きなハンデが付けられてるの」

「あの、セクハラみたいな・・・?」

 おずおず尋ねる美悠紀に母はきっぱりと言った。

「いえ、もっと基本的な部分での差別ね。ほんとに理不尽だと思うような。あなたも社会に出るようになれば分かるわ」

 母はちょっと悲しげに、でも力を込めて続けた。

「その男子部の子たちも、女が男の領域に踏み込もうとすると大きな障壁にぶち当たるんだ。理不尽な差別を乗り越えないとならないんだ・・・そう思えたらいい経験だと思うよ」

 性差別の問題は女性の問題だけでなく男性の問題でもある。

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