第26話 男子部のピンチ

「実は・・・」

 岡田という少年は3年生ではあるものの少年と呼ぶのがふさわしい風貌ふうぼうだった。

「監督が辞めました」

「聞いたわ。良かったじゃない」

と栞。

「はい。僕もそう思いました」

「で、今度溝端先生も部長を解任されて・・・」

岡田少年が続けた。

「え?」

栞も美悠紀もそれは初耳だった。

「山辺理事長が暫定で部長を兼務するそうです」

「ひぇ!?」

 女子2人が同時に素っ頓狂な声を上げた。それが意外に可愛かったので岡田が微笑む。

「何がおかしいんだよ!」

栞が直ぐに噛みついた。

「お尋ねしたいのはここからなんです・・・」

 岡田が言うと、美悠紀が、

「栞、とにかく話しを聞こうよ」

と栞をたしなめる。

「さっき山辺理事長に呼ばれて理事長室へ行ったんですが、自分は忙しいから練習など見てるわけにいかない。だから僕が中心になってやることを決めなさい。毎日の練習内容は必ず理事長に報告すること・・・」

 岡田キャプテンが話した。

「ああ。私たちと同じだ。私と栞で報告書は書いてるよ」

 美悠紀が岡田に言った。

「で、でも。そんなのって・・・。どうしたらいいのか・・・。」

 岡田キャプテンは明らかに動揺していた。美悠紀たち9人の女子部と違って男子部は20人以上の部員がいる。岡田は何をどうしたらいいのか困り果てていたというわけだ。

「だから、やること決めて。あとはやる。そうしたらやった内容をノートに書いて理事長室へ届ける。理事長が外出中の時は秘書室の佐藤さんに預ける。簡単だよ」

 栞が早口で捲し立てた。

「だから、何をやったらいいのか・・・それが、その、分からなくて」

 岡田がいかにも苦しそうにうめいた。

「ええ!? やること分かんないの?」

 今度は美悠紀も軽蔑した表情になる。

「野球やるんでしょ? で、一応は目指せ甲子園、かな。その為には何をやればいいのか・・・それを決めるんだよ。全員の総意が難しければ、多数決?」

「そんなこと・・・」

 栞の言うことに岡田キャプテンは絶句した。

 それを見て栞はあることに気が付いた。栞と美悠紀、顔を見合わせる。

「試合の時に感じたんだけど、岡田さんたちって、全部田野中監督の指示で試合やってたんだよねえ・・・」

 美悠紀が岡田に尋ねる。岡田は肯定の合図に大きくひとつ頷いた。

「理事長は正しいね。だって田野中監督呼んで5年、一度も勝てなかったんだから。そして全部が監督の指示だったとしたら・・・」

「これはもう、監督の全責任じゃん! クビになって当たり前。責任取れよって感じ」

 栞と美悠紀が笑い合った。

「でも、監督が辞めて溝端先生までいなくなっちゃったら、どうしていいか」

 岡田はまだ泣き言を言っている。

「全部自分たちでやればいいじゃん。あたしたちは硬式野球やりたかったけど、場所もないし、男子部と試合しろって言われるし。でも全部自分たちで練習したよ」

「負けたら廃部だからね。いや、出来る前に廃部じゃ、廃部じゃないや」

「創部出来ずってことよ。だから必死で練習したよ、あたしたち」

 美悠紀と栞が胸を張る。岡田は眩しそうに2人の顔を見ていた。

「チェンジアップ、チェンジアップは誰に習ったんですか?」

 岡田が美悠紀に尋ねた。男子部が女子部に負けた大きな要因は美悠紀のチェンジアップだった。

 あれで、男子部ピッチャーの村木とのスピード差がなくなった。130キロちょっとの美悠紀のボールが140キロにも150キロにも見えることになった。

「ああ、あれ。ダルちゃんのピッチング番組にあったんだ」

 美悠紀がしらっと言ったことに岡田は目を丸くする。

「ダルちゃんて達磨裕二のやつ? 動画チャンネルでチェンジアップ覚えたあ!?」

 岡田はバカみたいに口を開けたままだ。

「フォーシームもダルちゃんに教わった」

 美悠紀がそう言うと岡田は白目を剥いて倒れてしまった。

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