第25話 新野球部

 グリー学園高校女子硬式野球部が発足した。部長に山辺理事長を迎えて。

 約束通り週に3日野球のグラウンドは女子野球部に明け渡された。

 男子部との試合は町でも結構な噂になった。そのせいもあって市民球場が毎週土曜日に栞たちに貸し出されることになる。

 これは片倉みずえの父親が女子部の私設応援団をまとめ上げて市長に交渉したかららしい。

 みずえは正直嫌だったのだが、野球場で毎週練習できるのは魅力だった。それでありがたく受け入れることにした。

 イベントがない場合に限りという条件付きだったが、市民球場は土曜午後の抽選がなくなってしまった。

 こうして週に4日栞たちは野球のグラウンドで練習が出来ることになった。

 また栞と美悠紀の発案でグラウンドが使えない日は基礎体力の強化に充てた。男子部との試合で痛感したのは体力、筋力や持久力の不足だった。

 みんな試合後はヘロヘロだったのだ。もし対等なルールで戦っていたら、到底勝てやしなかっただろう。

 全国高等学校女子硬式野球連盟への届出も済ませて、栞たちは甲子園を目指す。とは言え、既存の野球部と違うのは彼女らがしなやかであることか。

 まず日曜日は練習は休みと決めたのだ。いや、これは以前からだったか。

 最初甲子園を目指すのにそんなことでいいのか、という意見もあった。だが、山辺理事長が決断した。

「勉強だってやって貰わなくちゃ」

の一言だ。

 あくまで部活動の野球だ。

 プロではない。もっとも最近の高校野球はプロ養成校みたいなところも多い。

 ただそう言う学校からもプロに行くのはほんの1人か2人だ。その為に部活がプロのマイナーリーグ化する。山辺はここに疑問を抱いていた。

 山辺はプロ選手になるつもりの生徒と学校のクラブ活動として好きな野球をする生徒が同じ土俵で戦うのはおかしいと感じていた。

 もっとも、だからと言って代替案はなかったのだが。

 それで少なくとも自分の管理下に置く野球部は学校のクラブ活動として位置付けを明確にしたかった。

 実は男子野球部についても変化が起きそうなのだ。これは山辺にとっても喜ばしいことだった。

 山辺は理事長権限で野球部監督の田野中を解任した。大義名分は立つ。何と言っても素人同然の女子に負けたのだから。

 監督に就任して5年予選で1勝もしていないのも十分な理由になった。田野中も大人しく辞めていった。

「で、でも、監督もいなくなって、それじゃ野球部が・・・」

 部長の溝端は抗弁した。相手は下山田総務部長である。後ろにはあきらかに山辺理事長がいる。

「あなた、野球どころじゃないでしょう。研修もまだ3つ受けていない。我が校のスポーツ教育をどうお考えなんですか?」

 下山田が詰め寄った。確かに溝端は忙しさを理由に教育委員会主催の教育研修と私学連合の主催する児童心理学とスポーツ教育の研修を受けていなかった。

「あなたには今後学園のスポーツ教育の責任者になっていただきたいと思っているんですよ」

 溝端に抗う術はなかった。溝端は部長を解任され、部長は暫定的に山辺理事長が女子部と兼務することになる。

「真藤さん、園田さん、少し話せませんか?」

 昼休み食堂でいつものように2人で食事をしているところへ男子生徒が近寄ってきた。

「誰?」

 栞が冷たく言い放つ。

「あの、僕、野球部のキャプテンを務めてます3年の岡田義郎と言います」

 少年は礼儀正しく頭を下げた。

「食事中なんだけどな」

 栞はスプーンを手に上目遣いに岡田の顔を睨む。

「失礼しました。食事の後にでも・・・」

 岡田は礼をして立ち去ろうとした。

「栞、そんな言い方しなくても」

慌てて美悠紀が声を上げた。

「どうせグラウンドを1日返せとかなんとか言うんでしょ?」

 栞はあくまで好戦的だ。

「いや、そうじゃなくて・・・」

「食事はもう済んだから、座って」

 栞が今度はらしからぬ態度で初対面の男子を迎え入れた。

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