第24話 ウィニングボール

「よくやりました。約束通り、女子硬式野球部の創設を認めます」

 理事長室に集められた美悠紀たち9人はグリー学園理事長の山辺から部の発足を認められた。

 さっきまで外出していた山辺はグリーンのパンツスーツ姿である。胸にはピンクのバラのコサージュが付いたままだった。

 美悠紀は山辺の声を聞きながら母のことを思い出していた。

 母が会社へ行く時、やはりスーツで出掛ける。何着かあるがどれもストライプのパンツスーツだった。スカートのセットは確かない。

 そしていつも母が言っていたこと。

「これはね、私の戦闘服なの。外に出れば敵がたくさん、でも私はおめおめやられる気はないの。あなたの未来を守って、その行く末を確認しない限り、私は死ぬわけに行かないのよ」

 山辺早乙女はちょうど母と同じくらいの年齢か。いやもう少し上かもしれないが、戦っている、そんな気が美悠紀にはした。

「で、お願いなんだけど。このボール、私にちょうだい」

 山辺は今日の試合のウィニングボールを栞から受け取った。

「全員このボールに名前を書いて。この部屋に飾っておくから」

 山辺はそう言った。美悠紀はちょっとびっくりしたが、理事長はきっと自分たちの味方なんだと思った。

「じゃあ、下山田部長、女子硬式野球部の部室の用意をしてください。それと予算も付けてあげて。まあいきなり全部とは行かないけど、ボールとか消耗品くらいは直ぐに」

 山辺が命じると下山田が慇懃に頭を下げた。

「畏まりました。速やかに」

「ところで部長はどうしましょう?」

 下山田が尋ねる。そうなのだ。部活動には顧問の教師を付けなくてはならない。外部招聘の監督などは決まりはないが、部活の責任者は必要だ。

「誰か野球の経験者・・・」

 下山田が言いかけたが、すぐに山辺が遮る。

「別に経験者じゃなくてもいいでしょう。部の活動に責任を持つ人がいれば、後は全部自分たちで出来るわね」

 山辺は言いながら栞と美悠紀を見た。でも、全員が同時に頷いた。

「よし、私がやる」

「いや、それは・・・」

「私も教員免許は持ってますよ」

「そういうことじゃなくて。理事長は政府の会合とか色々役職も・・・」

「まあ忙しいからね。毎日練習見るわけにはいかないけど、責任は持ちますよ。私がいない時は佐藤さんに立ち会って貰いますから」

 山辺はそう言ってのけた。秘書の佐藤には寝耳に水だったはずだ。

 部長も決まり正式にグリー学園高校女子硬式野球部が発足した。

「最後に・・・」

 山辺早乙女が皆を見廻して話し出した。彼女の脳裏には今さっき見た試合の結果が甦っていた。


 2人の走者は動かない。それは観衆の誰の目にも明かだ。バッターとピッチャーの一騎打ちと言ってもいい。

 だが、村木はそれでもキャッチャーと盛んにサインを交換していた。再び伝令が1塁に走り、何かを伝える。

「こいつら誰のために野球やってるんだろうね」

 1塁側ベンチの最前列に陣取った栞が隣の美悠紀に囁いた。

 ようやく決まった村木の第1球は不用意だった。いわゆる置きに行ったボールというやつだ。本当は既にボールの威力がなくなっていたのかも知れない。

 そのボールは力なくややお辞儀をしながら真ん中へ入ってきた。三井と同じように大上段に構えていた神谷がバットを振り抜く。

 カキン!

 軽い音を残してボールは外野の遙か上を越えていった。サヨナラホームランだ。

 観衆は大騒ぎだった。ベンチは狂喜乱舞。ただ1人主審の境戸だけが神谷に見惚れていた。

「これ程の力が・・・」

 境戸が呟いた言葉は神谷には聞こえなかった。グラウンドはそれ程の大騒ぎだった。


「目標は選手権大会での甲子園出場です。甲子園で試合が出来るのは決勝戦だけ。つまり準優勝以上しなくてはなりません」

 山辺が話し出した。

「でも、それに固執するわけではありません。勝利至上主義なんていりません。私は皆さんには自由になって貰いたい。今日の試合をよく考えてみてください。今はただ嬉しいだけかもしれない。でも少し経ったら、違った考えになるかも知れませんよ。私は男子部もこれを機会に変わって貰いたいと思っています。今日はただただ悔しいでしょうけどね」

 山辺はそこまで言って笑った。

「確かに男子は悔しいだろうな。なんでこんな不利なハンディ付けられて・・・そう思ってるんだろうな」

 美悠紀は思った。

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