第23話 クライマックス
特別ルールに則って百合子は3塁ベースへ進んだ。右バッターボックスに三井が入る。
ピッチャー村木にはさすがに疲れが出始めていた。美悠紀と違って村木は3アウトずつ取っている。6回までで打者18人に投げていた。
三井がバットを構えた。構え方がさっきまでと違う。そのことに栞が気づいた。
前の打席まではソフト時代と同じく脇を締めて肩の上に担ぐようなスタイルだった。
今は、大きく脇を開け、バットを高く掲げている。
「さすがに三井さん・・・」
栞は感心していた。
疲れ気味の村木が第1球を投じる。三井のバッティングスタイルの変化に関心は向いていないようだ。
右対右の有利さからか村木は覚え立てのカーブを放った。今日初めてのカーブ。
「俺にはカーブがあるんだよ」
村木は美悠紀を意識していたのかもしれない。
緩いボールが甘く真ん中に入ってきた。
「貰った!」
三井のバットが大上段から一気に振り下ろされた。その一点でボールはほとんど威力を失っていた。それを三井は思いきり振り切ったのだ。
キン!
三井が力任せに引っ張ったボールはサードベースを直撃した。あっという間の出来事だった。
だが、ベースを直撃したボールは跳ね上がり、サードが捕球する。百合子は慌ててベースに飛び着いた。
3塁走者を牽制したサードは1塁へ送球する。が、ボールが高い。
「この辺が勝てない所以だな」
百合子はするするとホームベースに向かって歩を進めた。だが、高く浮いた送球を一塁手がジャンプして捕球した。三井はその間に1塁を駆け抜けるが、百合子は3塁ベースへ戻った。
最終回ノーアウト1、3塁にチャンスは広がった。
「よし、外野フライでも1点だ」
「サヨナラ勝ちだ!」
女子部の1塁側ベンチは俄に活気づいた。
「栞さん、どうします?」
みずえが興奮気味に声を掛ける。
「ヒットエンドラン? バントエンドランでも。まだノーアウトだし、何でも行けそうですよね」
みずえが続けた。すると栞は皆を見ると、
「ベンチがそれを決めるのはあたしたちの野球じゃないよ」
そう言ったのだ。
「ダイヤモンドにいる選手たち、当事者が主役だから・・・」
栞はベンチの最前列にどっかと腰を下ろすと戦況を見守る。隣に美悠紀が腰を下ろした。
そして声を掛ける。
「どう判断するんだろうね」
「まあ、任せよう」
一方男子部3塁側ベンチは緊張していた。
伝令役の補欠選手が田野中監督の指示を今か今かと待っている。
ピッチャーの村木は思わぬ事態に不安そうな目をベンチに向けていた。
「タイム!」
堪らずキャッチャーがタイムを宣言すると
ベンチに走った。すると、おもむろに田野中がベンチを出る。
「監督、スクイズありますよね」
キャッチャーが監督に小声で話し掛ける。
「儂はホームスチールの方がありそうだがな」
田野中が答えた。
「ホームスチール・・・」
「あの外人の選手、ちょっとした有名人みたいじゃないか。リトルリーグじゃ全国準優勝したとか」
「そうなんですか?」
「しかも何でも出来るオールラウンドプレーヤーだったらしい。足も速いようだ」
「しかし、神谷は・・・」
「神谷?」
「3番バッターです」
キャッチャーは言うとネクストバッターサークルでバットを振る神谷の方を見た。
「なに、所詮ソフトボール部だ。長打はあるまい。それより気にするあまりカウントを悪くしてしまうと、隙を突かれる。早めに追い込め。後はサイン通りに」
田野中はそう言うとキャッチャーに背を向けた。
試合が再開される。男子部が田野中の指示を待つ間、女子部ダイヤモンドの3人の意志は一致した。
「神谷さんに任せる気ですね」
双眼鏡で試合を見ていた下山田の耳元で声がした。驚いて隣を見る。
「り、理事長・・・」
「神谷さんも将来有望だったんだけど、あの人たちのおかげで、残念だったわ。でも、今からでも挽回できる・・・」
下山田には理事長の言っている意味が分からない。分からないが、試合は最大の見せ場、クライマックスを迎えていた。
ドスサントス百合子はサードベースにしっかり足を付けている。1塁に出た三井も1塁ベースの上だ。動くつもりはないらしい。
「ふふ、そういうことね」
美悠紀が笑顔を見せる。栞もふうっと息を吐いて、
「あの3人は凄いね」
そう言った。
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