第21話 実践・大胆に、繊細に

 ひょろひょろと上がった小フライはファーストとライトの間のフェアウェイに落ちてくる。ポテンヒットになる。

「まずい!」

 さすがに栞も慌てた。ファールになることを祈るしかない。でも、追いかけて行くみずえの方向からして、あれはフェアだろう。

 ところが、すぐにファースト塁審がアウトを宣言した。その場所にはドスサントス蓉子が痺れたような顔をして立ち尽くしていた。

「捕れたよう!」

 我に返った蓉子が声を上げる。見物客から歓声があがった。それは大きなどよめきとなってグラウンド全体を揺らした。

「蓉子! どうして・・・」

 1、2塁間後方で突っ伏していたみずえが思わず叫んだ。

 みずえは気が付かなかったが、最も遠いサードのドスサントス姉百合子が親指を立てた手を高々と挙げていた。

「ナイスカバー!」

「グッジョブ!」

 ベンチに戻った蓉子を待っていたのは仲間たちからの温かな祝福だった。

「でも、どうしてあそこに・・・」

 みずえは首を傾げている。

「ありがとう、蓉子ちゃん」

 美悠紀は蓉子の手を取って礼を言った。

「蓉子、美悠紀さんが投げると同時に走り出してたよな。あそこにボールが来ること分かってたのか?」

 全速力で戻って来た神谷が蓉子に詰め寄る。

すると蓉子は黙って頷いた。

「おまいらの考えてること、何となく分かるようになってる!」

 ドスサントス百合子が蓉子の代わりに声を上げた。

「私たち、一生懸命勉強したんだよ。お姉ちゃんがいっぱい教えてくれた」

 今度は蓉子だ。いったいどういうことなのか、みずえは首を傾げるばかりだった。

「3球目、栞さんと美悠紀さんは遊び玉は投げないって思った。それとあの大男の構えから狙いは外角、それもチェンジアップに合わせてくると思ったの・・・」

 いつになく蓉子は饒舌だ。自慢したいんじゃない。嬉しかったんだ。

「でも、美悠紀さんは絶対フォーシームで仕留めに来ると確信してた。多分お姉ちゃんも」

「おお!」

 百合子が合いの手を入れる。

「でもそれだと打ち損ねたとはいえ力はあるから当たれば内野を越えるかも知れないって・・・。でも、ライト定位置までは飛んで来やしない、そう思ったら・・・」

 ここで蓉子は渡された水を飲んだ。そして続ける。

「テキサスヒットになっちゃうかも知れないでしょ?」

「テキサスヒット?」

「よくそんなの知ってるなあ」

と栞だ。

 テキサスヒットとは往年のプロ野球選手が得意としたポテンヒットの別名である。

「ここはもう動くしかない。きっとお姉ちゃんならそうするって思って」

「俺はライトは守ったことないなあ」

 すかさず百合子が茶々を入れる。

「なるほど、そう言うことだったか。まさに大胆な行動だな。でも繊細なフォローもついてた」

 栞がまとめた。

「繊細なフォロー?」

 栞も百合子も知っていた。蓉子がファーストに向かって走り出した時、センターの三井がライトの守備位置に向かって走り出していたことを。

「それがこのチームの野球だろ」

と百合子。

 百合子はやっと愛すべきチームに出会えたと思った。そして妹と野球が出来る楽しさも。

 ただ蓉子はフライが捕れたこと、それが何より嬉しかったのだ。姉百合子と何度も練習した成果だった。

 グローブに落ちてきたボールがポンと収まった、この感触はずっと忘れない。


 それから試合は膠着こうちゃく状態に陥った。美悠紀と村木の投げ合いの様相だ。女子部は村木の投球に翻弄ほんろうされている。

 それにしても美悠紀のフォーシームとチェンジアップは男子部クリーンナップを寄せ付けなかった。

 そして試合は速いペースで7回、最終回を迎え、美悠紀はバッターをセカンドゴロに仕留めた。いよいよ7回の裏、女子部は百合子からの打順だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る