第19話 勉強の成果

 一方3塁側ベンチは和気藹々わきあいあいだ。

「おまえら凄えよ。どこで覚えたんだよ」

 外野から三井が戻ってくると花蓮を掴まえて叫んだ。

「古い高校野球でああいう牽制球があったんですよ。動画サイトにありました」

答える花蓮。

「マジ!?」

「でも、美悠紀たちとは練習してないんじゃ・・・。合同練習でもそんなのやってなかったよな」

「あうんの呼吸ですよ」

 栞が言った。

「それより、美悠紀。直球走ってたな」

「うん。さすがはダルちゃんのフォーシームだよね」

美悠紀が笑いながら答える。

「今時の野球は何でも動画サイトかよ」

と神谷。呆れた表情だが和やかである。

「今時、今時ですよ。あいつらの野球は古いよ。分かったわ」

「てか、監督が古いんじゃね?」

「だよねー」

 特別ルールで女子部の攻撃は全て2塁進塁となっていた。つまり単打が出れば3塁打になる。だからランナー1塁で単打が出れば1点入ることになるのだ。

 そして女子部は3アウトチェンジである。

 だけど、1回裏1番ドスサントス百合子、2番三井奈央、3番神谷五月はあえなく凡退に終わった。

 男子部ピッチャー村木は130キロ台後半の速球で攻めてきた。これに女子部のクリーンアップトリオは手が出なかった。

 これでも村木は男子部のエースではない。エースピッチャーは故障中で部活を休んでいる。

 2回の表。再び1番柴田がバッターボックスに立った。その形相ぎょうそうは真っ赤で湯気が出そうだ。

 ベンチでは監督、部長に散々怒られた。何としても挽回しなくてはならない。

 柴田はグリップをぎゅっと握り締めると、美悠紀を睨み付けた。

「怖い顔。そんな顔してると女の子にもてないよ」

 栞がボソッと呟いた。柴田の顔色が更に変わる。身体中の筋肉が反応している。そこへ美悠紀のストレートが来た。

 ドスン!

「ストライク」

 手が出なかった。速い。これが女子のボールなのか? 

 筋肉が硬直している柴田にはプレート位置による投げ分けで充分だった。

 今回はランナーの2人もリードをほとんど取っていない。

「いいか。所詮非力な女のボールだ。普通に振れば当たる。打ち崩していけ!」

 田野中監督の指示で美悠紀に力勝負を挑む作戦だ。だが柴田は非力だった。見送りの三振に終わる。

 チェンジである。


 下山田が職員室の窓から双眼鏡で試合を見ていたところへ理事長から電話が掛かってきた。

「はい、下山田です」

「試合はどうなってるの?」

「理事長は今どこにいらっしゃるので?」

「今打合せが終わったわ。学校に戻るけど、男子部と女子部の試合がどうなったかと思って・・・」

「まだ始まったばかりですが、真藤という子、中々のものです」

「そうでしょう。園田さんもね。何かを変えてくれそうな気がします」

「変える? 部活の話ではないんですか?」

「総務部長、部活などたいしたことではありません。もっと大きな問題です」

「大きな問題・・・?」

 ここで電話は切れてしまった。一瞬掛け直そうと思ったが、下山田はスマホをポケットに収めた。そして再び双眼鏡を覗き込んだ。


 女子部は村木の投球に翻弄されていた。2回の裏も3人で攻撃を終了する。まだ投げたボールは30球に足りない。

 3回の表、男子部はようやく2番打者の登場だ。高埜こうのは1番柴田とは対照的に大きな選手だった。右対右にもかかわらずバッターボックスのホームベース寄りいっぱいに立った。

「投げにくいなあ」

 取り敢えず真ん中に構えた栞は思った。高埜はホームベースに覆い被さるように構えている。

「どうする? 美悠紀」

だが、栞から指示は出さなかった。来た球を受けるだけである。

 美悠紀は自信家ではない。自分のストレートが圧倒的なものだとは全く思っていなかった。

 だが、さっきと同様にゆっくり後方へ腕を引くと左足を前に。体重を掛ける。そしてスナップを利かせて大きく腕を振り下ろした。

 美悠紀の動きに合わせるように高埜のバットが動き出す。高埜は1回裏の時からネクストバッターズサークルで美悠紀の投球を観察していた。

「貰った!」

 心の内でそう叫ぶと高埜のバットはスイングを開始する。タイミング、ドンピシャだ。

 ところが、高埜の予想外にボールのスピードが遅い。だけど、もうバットを止めることは出来なかった。

 ドンピシャどころか、完全にタイミングを外されている。それでもバットを振りに行くが、ボールが沈んだ。高埜は派手に空振ると尻餅をついていた。

「ストライク!」

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