第18話 牽制球
変則マッチルールによる試合が始まった。
この試合はタイブレークマッチである。
男子部の攻撃は1回の表からいきなり2アウト、ランナー1、2塁からスタートする。
1番バッターから最も遠い打順の8番、9番が1塁と2塁に走者として出た。
男子部の打順1番は小柄だが足の速い柴田である。左バッターだ。
柴田は小柄な身体を更に小さく丸めて左バッターボックスに入った。
これではストライクゾーンが更に狭い。
「よし、タイブレークを選んだことを後悔させてやろう。足でかき回すぞ」
「内野の連係プレーなど彼女らにはまだ無理でしょう」
監督田野中がニヤリと笑うと溝端部長が同意した。そしてバッター柴田と塁上の2人にサインを送った。
「気にしなくていいから、ゆっくり投げて」
気負った美悠紀の後ろから突然声が響いた。花蓮だった。
「バントエンドランだ・・・見え見えなんだよ」
セカンドのみずえは独りごちると1、2塁中間辺りに守備位置を取る。
美悠紀は大きく右腕を後方へ振り胸を張ると左足を前に踏み出した。
何度か練習はしたもののワインドアップは放棄している。どうしてもバランスを崩しがちで、コントロールに難が出た。こっちの方が安定している。
美悠紀は目一杯に腕を振り上げると身体の真上からスナップを利かせてボールを投げ下ろした。
柴田が右足を引きバントポーズを取る。が、球を見定める間もなく美悠紀の直球がインコースいっぱいに決まっていた。
バスン!
「す、ストライク!」
主審境戸がやや遅れてコールした。
美悠紀の第1球に観衆が静まり返った。やがてそれが熱狂へ変わる。
「はええ!」
「何だ、今の。女子の球かよ」
「エース里中より速いんじゃないの?」
「150キロくらい出てんじゃないの?」
「まさか・・・」
見物客たちの度肝を抜く1球だった。
「まあ、肌感覚では140キロくらいかな。いやいや、まだまだ速くなるから・・・ふふふ」
栞はゆっくり立ち上がるとボールを美悠紀に投げ返す。
「何をやってる柴田! 当てることも出来ねえのか!」
溝端がバッターボックスの柴田に罵声を浴びせた。
「溝端君、それ言ったら作戦がバレちゃうでしょ」
田野中が溝端に注意した。慌てて口を押さえる溝端。
「まあいい。1球目は見送る。常套手段だ。次は確実に決めろよ」
田野中は再びランナーとバッターにサインを送った。
美悠紀はプレートを踏んでキャッチャーを見た。
だが、キャッチャー栞との間でサインの交換はしていない。美悠紀は好きな球を投げる。栞は来た球を捕る。そう言う取り決めだけが出来ていた。
すると花蓮とみずえが目配せをした。セカンドみずえは1、2塁間を抜かれないように更にファースト側に寄る。
ベンチからのサインを受けた2塁ランナーは塁を離れた。だが、美悠紀の投球を見て1メートルほどしか離れられない。
「バカ、そこからじゃ間に合わんぞ。もっとリードを取るんだ!」
田野中の指示がサインで来る。その時、セカンドカバーに入っていた花蓮がすすすっとサード側に走り出した。
「2塁ベースが空いた」
セカンド片倉は1、2塁間にいた。2塁走者は花蓮に釣られるようにリードを広げた。3塁へ向かって1メートル、2メートル、更に塁を離れる。
その時片倉みずえがセカンドベースに走り出した。
「美悠紀!」
キャッチャー栞が声を上げる。美悠紀はピッチャープレートから足を離すと、後ろを振り向きざまにボールをセカンドベースに
みずえにではなくセカンドベースへ投げ込んだのだ。だが、ボールがセカンドベース上に届く時にはセカンドにみずえがいた。
2塁走者は慌ててベースに帰ろうとした。頭から飛び込むように戻ったが、それ以前に美悠紀からの
「アウト!」
1塁側ベンチでは田野中と溝端が顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。帰ってくるランナーを殴りつけそうな気配だ。
「凄え、1回の表たった1球でチェンジだよ」
観客の1人が叫んだ。
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