第17話 初めてのプレイボール

 野球部のグラウンドは異様な雰囲気だった。

 グラウンドの周りには見物客が詰めかけ、校舎の3階ベランダにはたくさんの人がいた。こっちは主に職員である。生徒の立ち入りは禁じられている。

「いいか。ただ勝つだけじゃダメだ。完全勝利、それしかない。指示通りにやれ。いいな!」

 グリー学園高校野球部監督の田野中たのなかがメンバーを前に檄を飛ばす。部長の溝端も大きく頷いた。

 田野中は元プロ野球選手だ。と言っても20年以上も前の話である。引退、と言うか戦力外で辞めざる負えなくなった。

 各地の独立リーグや草野球の監督などを務めてきた。

 グリー学園高校では5年前から監督を務めている。そして今日まで何の結果も残せていない。

「女のお遊びなど、一蹴してやれ。それで今年こそ甲子園の切符を手に入れるんだ!」

田野中の怒声が響く。

「あの監督も相当なもんだね」

 栞がベンチから敵陣営を眺めて言った。こっちは自然体だ。気負うところはない。

 結局市民球場を借りることが出来た2日間だけ全員集まって連係プレーを確かめた。

 後は自主練だ。1年生の3人、山口佳恵、片倉みずえ、飯田花蓮は何やら集まってやっていたようだ。

 一方3年生の三井奈央、神谷五月はバッティングセンターに通い詰めていた。硬球を相当数打ち込んでいるようだ。

 ドスサントス姉妹は妹蓉子の守備練習に明け暮れた。百合子が手取り足取り蓉子にボールの捕り方、投げ方を教えた。

 そして美悠紀と栞はいつもの河川敷で投球練習である。達磨裕二のピッチング動画の練習に毎日励んでいた。

「あの田野中って監督、もう爺さんですけどね、全部指示出すらしいですよ」

 言い出したのは花蓮だった。

「それじゃ、今までの出ると負けは全部あの爺さんが悪いってこと?」

 答えたのは3年の三井だ。

「だね。あいつ元プロ野球選手だったらしいけど、本当かね?」

「調べたんだけどさ、トライアウトで南武チーターズに入団して3年でクビになったらしい」

「悲しいね」

「自分の理論が常に正しいと思ってる」

 おしゃべりに余念がない女子野球部。その時主審が球場に現れた。

「げ、境戸じゃん。やりにくいなあ・・・」

 その姿を見て神谷が思わず呟いた。

「それ言うならいっしょだよ。てか、うちのメンバー9人中6人がソフトボール部出だからね」

 三井が自嘲気味に言った。境戸はソフトボール部の監督である。主審として借り出されたようだ。線審、塁審は野球部補欠が務める。

「まあまあ、誰でもいいよ。どっちにしてもさ、不利は不利なんだから。楽しく行きましょ」

 見かねた美悠紀が少し大きな声を上げた。

「美悠紀の言うとおりだよ。あいつら相当プレッシャーだと思うんだ。あたしたちみたいのに挑戦されて、負ければグラウンド週3日も明け渡すんだからね。こっちは気楽に、ね」

 今度は栞である。

「硬球握って初めて野球が出来る。うれしいよ。栞ありがとう」

 美悠紀が返したが、ちょうど集合の合図が掛かった。

「よし、行こう!」

 栞の掛け声で女子野球部の9人はグラウンドに飛び出した。

 男子野球部と女子野球部が1列に並ぶ。主審の境戸が、

「礼!」

と声を張ると、双方帽子を取って頭を下げた。後攻の女子部が守備位置に散る。

「こう言うのって、いる?」

花蓮が並んで走るみずえに囁く。

「いらねえ、いらねえ。変なとこだけこだわるんだよね」

花蓮も同調した。

 ピッチャーは真藤美悠紀、キャッチャーは園田栞。栞は監督兼務である。プレイングマネージャーだ。

 内野はファーストが山口佳恵、セカンド片倉みずえ、そしてショートストップが飯田花蓮だ。サードにはドスサントス百合子が入っている。

 外野はレフトに神谷五月、センター三井奈央。そしてライトにはドスサントス蓉子が不安そうに走って行った。

 美悠紀はマウンドの足場を確かめるようにしながらプレートを踏んだ。真新しいスパイクが輝く。

「プレイボール!」

 主審の声がグラウンドに響き渡った。観衆から大きな拍手が湧き起こる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る