第16話 動画で学ぶピッチング術

 栞たちの創った女子硬式野球部が男子野球部に挑戦する噂は瞬く間に広がった。

 校内はこの話題で持ちきりだが、大方の予想通り男子野球部に同情的な意見が多い。

「いくら予選敗退常連だからってな、女子と試合はねえよな。あいつら可哀想に」

「しかもルールはかなり女子に有利らしいぞ」

「負けたら、グラウンドを週に3日明け渡すんだって?」

「そりゃ厳しいね」

 そんな噂話が教室で、食堂で、グリーの名物談話室でも盛んだ。

 更に職員室でもこの話は大きな話題となっていた。

「下山田部長。どうなんですか? これは!」

 総務部長の下山田に食ってかかるのは野球部部長の溝端だ。溝端は体育の教師である。寝耳に水の話で猛反対したが理事長に押しきられてしまった。

「決まったものは仕方ないでしょ」

 下山田が突き放す。

「そんな。何で女子なんかと試合しなくちゃならないんです。部員たちが可哀想ですよ」

 食い下がる溝端。

「別に手加減しろなんて言っていません。コテンパンに負かしてしまえばいいだけでしょ」

 下山田とてこの件面白くはなかった。自分が拒否していた女子野球部創設を理事長がしゃしゃり出て来たのだ。

「勝てるんですよね」

 下山田が溝端に念を押す。銀縁眼鏡の奥の目が笑っていない。

「あ、当たり前でしょうが・・・」

「なら、問題ありませんね」


「美悠紀は何を見てるのさ?」

 談話室である。グリー学園には談話室と呼ばれる誰もが使える場所があった。食堂でも図書館でもない場所である。

 そこで美悠紀はスマホの動画を見ていた。イヤホンを耳に熱心に画面を見詰めている。

「それ?」

栞がポンと美悠紀の肩を叩く。ビクッとして美悠紀が振り返った。

「脅かさないでよ、栞」

「何を熱心に見てるのかと思えば・・・」

「いいでしょ」

「ファンなの?」

「て言うわけじゃないけど、勉強になる」

「勉強ね。見てるだけじゃ投げられませんよ。河川敷行こう」

 栞はやる気だ。

「ああ、でも。練習はいいの? 試合までもう何日もないよ」

 美悠紀が心配顔で言った。すると栞はにっこり笑いながら、

「しょうがないじゃない。市民球場が借りられないうちは揃って練習は出来ないんだから」

と答える。

「そりゃそうかもしれないけど・・・」

心配顔の美悠紀だ。

「みんなの自主性を重んじたい」

「自主性?」

「あたしもそうだけど、1年生の3人も3年生の2人もソフトボール部にいた訳よ」

「そうだけど・・・」

 美悠紀には栞の言わんとするところが分からなかった。

「あそこはね監督とコーチたちの独裁なの。それが嫌でみんな辞めた。自由に野球をやりたい、それが女子硬式野球部創設の趣旨だから」

「なるほど・・・」

「だから、基本自由にやりたいと思ってる。好きにやれば、って感じ」

「でも、それじゃチームプレーとか出来ないんじゃ・・・」

 美悠紀が正直に懸念を表明する。

「・・・出来るんじゃないかな、チームプレー。ほら3年生たちとの試合でも1年の子たち自分で考えてやってたじゃない」

 そうだった。あの時、美悠紀のバックを守った佳恵、花蓮、みずえの3人は自分たちで考えて守備位置を決め連携を取っていた。しかも美悠紀に投球アドバイスまでして。

「さあ、速く行こう。あとは実践あるのみでしょ」

 美悠紀は見ていたMLBの日本人ピッチャー達磨裕二だるまゆうじの動画番組を閉じた。それは大リーガー達磨がピッチングを指南する番組で、通算200勝を挙げた現役投手達磨の投球術を惜しげもなく伝えていた。

 実はこの番組は母が教えてくれたのだ。

「お母さん、やっぱり野球好きなんだなあ」

 他にも母からは野球に関する情報を山ほど貰っていた。実践こそないものの、野球理論については母がコーチだ。

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