第15話 大胆に、繊細に
野球部との試合は2週間後と決まった。それが限界だった。ここで部の創設を正式に決め、全国高等学校女子硬式野球連盟に届け出を済まさないと夏の大会に出場できない。
「こちらの条件がほぼ通ったけど、やっぱり男子とじゃ不利だな」
花蓮が声を張る。スイレンの座敷である。未だ部室のない彼女らにとってスイレンは部室のようなものだ。
経営者夫婦も応援してくれて、こころよく座敷を貸してくれた。9人となると今までのようにテーブル席では無理だろう。
何度か百合子の喫茶店も貸してもらったのだが、テーブルを2つ繫げないと話が出来ない。それに、テーブル席で9人がワイワイやっては店に迷惑だ。
ただ、ドスサントス両親は非常に好意的だった。娘が野球好きであることを理解しており、楽しめるならやらせてやりたいと思っていたようだ。
なにより人見知りで引っ込み思案な妹蓉子も仲間にして貰えることが嬉しかったらしい。
「で、作戦はどうするんですか?」
みずえが栞に聞いてきた。
「分かんねえよ。作戦たってなあ・・・」
「でも、勝たなくちゃ、女子野球部ダメなんでしょ?」
みずえの声は悲痛だ。
「そうだけどさあ・・・」
「ルール上有利にはしてくれたけど。結局、打ったり捕ったり、投げたり、基本的なところはハンディなしじゃないですか」
みずえが言い募る。
「出ると負けの野球部なんて目じゃねーよ」
実際グリー学園野球部は予選1回戦負けが何年も続いている。
予選出場が近付くとこれ見よがしに全員坊主頭になる。ところが1回戦で負けて終了というわけだ。
「何のために坊主にしてんだか」
佳恵が悪態をつく。
「最近じゃ、坊主頭にしない高校も増えてるよねえ」
3年生の神谷も今はすっかり馴染んでいた。
「そうそう。今時坊主頭とか古いよ」
佳恵は賛同を得たことで強気だ。が、強気でひっくり返した豚玉が真っ二つに折れてしまった。
「何やってんだよ。お前が喰えよ」
と吠えるのは同じ3年の三井。
「だいじょぶっすよ。こうやってきちんとフォローすれば・・・」
佳恵はそう言うと小手を器用に使って折れてしまったお好み焼きを元に戻してしまった。
「おお!」
ここでおずおずという感じで美悠紀が手を挙げた。
「相変わらず引っ込み思案だなあ。あの勝負師とは思えん」
言ったのは三井である。
そんな美悠紀を尊敬の目で見ている美少女がいた。ドスサントス蓉子だ。蓉子は先般美悠紀の投球を見て、目を丸くした。
そしてすっかり惚れ込んでしまった。性格が自分と似ている点も大いに思うところがあったようだ。
「で、何が言いたい!?」
と三井。
「あの、大胆に、かつ繊細に。それがいいんじゃないですか?」
美悠紀の突然の言葉に、栞が振り向いた。だがそれを知ってか知らずか美悠紀が続ける。
「大胆にひっくり返す。そこでミスが出るかもしれないけど、そうしたら繊細にフォローする」
「なんだ、お好み焼きの話かよ」
と三井。
「そうじゃなくて・・・」
何とかそれを否定する美悠紀。すると栞が立ち上がった。
「美悠紀が言いたいのは、チマチマまとまらずに大胆に行く。ミスしてもいいわけじゃないけど、それもリスクとして仕方ない。でもそこは繊細にフォローしていこうっていうことじゃないのか。美悠紀?」
美悠紀はうんうんと頷いた。そして、
「私ね、最近スコアブックの読み方覚えたの。それを見ていくとね、試合の流れって言うのか、必ずターニングポイントみたいな場面があって、野球ってそのワンプレーで試合が決まるんだなって思って・・・」
と話した。だが、誰も美悠紀の言わんとすることは理解出来なかったようだ。
「そうだな。そこが大胆に、繊細にってことだな」
だから栞が話をまとめてしまった。
試合まで2週間だ。今から基礎体力を上げようとしたところでたいした効果はあるまい。それでも、苦痛にならない程度の筋トレは行うことにした。
あとは硬球に慣れることだ。まだまだ三井も神谷も花蓮以外の1年生も硬球には慣れていない。硬球で試合をした経験はないのだ。
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