第12話 スカウト

「あそこの店らしいよ」

 栞が指差す先には派手な格好の若者たちがたむろする店があった。あまり評判の良くない店だ。喫茶店だが酒を出している。制服でない限り煙草も黙認という噂だった。

 情報の出所は神谷五月だ。昨年のことである。新入生の中に中学時代リトルリーグで全国準優勝を果たした子がいた。

 部長と監督が入学式の後スカウトしたというのだ。ところが彼女はこれを断った。

「ソフトボールには興味がないと言われたって。でもさあ、あの監督と何もしない部長だよ、きっと偉らそうに上から目線で言ったんじゃないかなあ」

 昨年の入学と言えば自分たちと同級の2年生だ。栞たちは早速調べてみた。

 4組にドスサントス百合子という子がいた。父親がブラジル人らしい。ハーフのようだが、国籍は日本ということである。

 ドアを潜ると店内は意外に落ち着いた雰囲気だった。栞と美悠紀は噂と違う店内の様子に戸惑った。

「コーヒーの香り」

「あたしはあんまり飲まないけどな。でもいい香りだ」

 カウンターの向こうでは褐色の肌をした男性が慣れた手つきでコーヒーをれている。

 栞と美悠紀は一番端のテーブル席に座った。

「いらっしゃいませ」

カウンターの男が普通に日本語で言った。少しすると白いブラウス姿の女性が水を持って来た。

「いらっしゃいませ。何にしますか?」

「あ! 4組の・・・」

 栞が褐色の肌をしたウェイトレスに思わず声を上げた。

「グリー学園の? 珍しいわね」

「バ、バイトしてんの?」

と栞。

「違うよ。単なる家の手伝い。ま、小遣い貰うこともあるにはあるけど」

 少女はにやっと笑って言った。意外に幼い感じの笑顔だ。

「このお店、あなたの家なの?」

栞が続ける。

「そうよ。あれがお父さん」

 少女はそう言うとカウンターの向こうを見た。

「お父さんが、マスターなんだ?」

「まあね。コーヒー豆はブラジルから直輸入してるんだから。何にする?」

 言われてメニューを見る栞と美悠紀だ。

「コーヒーってあまり飲んだことなくて・・・」

 美悠紀が小さな声で言った。

「俺も。苦くて好きになれないんだよな。特にオヤジの入れるコーヒーは本場仕込みか知らないけど、苦くて飲めねー」

 少女が美悠紀に答える。その言い方と言ってることがおかしくて美悠紀は吹き出してしまった。釣られて栞も笑い出す。

「じゃあカフェオレなんかどう? これなら半分ミルクだから苦くないよ。あたし、ドスサントス百合子。よろしく」

 そう言って少女はペコリと頭を下げた。


「こんな所に、こういう店があったんだ!」

 百合子は感激したように店内を見廻す。

 結局ドスサントス家の喫茶店では話が出来ず、夕方にここ、スイレンへ来て貰った。

 但し硬式野球部へのスカウトに来たとだけは伝えてあった。

 店内に入ってくる百合子の後ろからもう1人少女が入ってきた。

「これ、俺の妹。ドスサントス蓉子、グリー学園の1年生だよ」

 百合子はそう言って少女を紹介した。同じく褐色の肌をしているが百合子より少し明るい感じの肌色だ。

「勝手に着いてきた」

「うん」

 ニコッと笑って頭を下げたその子はかなりの美人だ。栞や美悠紀が見てもそう思う。百合子も美人の部類だと思うが、妹の蓉子はエキゾチックな雰囲気をまとったモデル級の美少女だった。だけど確かに2人は似ている。

 4人は鉄板の前に座ると豚玉を焼き始めた。

「あたしたち女子硬式野球部創ろうと思って、今部員集めてるの。理事長との約束でね、人数集めて課題に勝ったら認めて貰えるんだ」

 栞が説明を始めた。

「俺も嫌気が差してたし。オヤジがもういいだろうって言うし。オヤジ野球は好きじゃないんだ」

 百合子は唐突に話し出した。

「そうなんだ、やっぱりサッカー好きってこと?」

「うん」

姉妹揃って頷く。

「野球ってやってる国意外と少ないんだよね」

栞が言った。

「中南米は盛んだけど、ブラジルは全然」

「そうなんだ」

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