第11話 ソフトとの違い
「美悠紀先輩のボール凄いんですよ。あのスピードと球威があれば一呼吸置く必要はないと思ったんです」
花蓮がおもむろに話し始めた。
「いや、むしろ置かない方がいいって」
「いったいどういうことだ?」
花蓮が続けたのに栞が問い掛けた。
「私は野球の経験者です。リトルリーグにいました。中学からは硬球でやってました。高校では仕方なくてソフトボール部へ入ったんですが・・・。ソフトのピッチャーと野球のピッチャーには大きな違いがあるんです」
流したお好み焼き粉の成形に気を付けながら花蓮は話を続けた。
「ソフトボールのピッチャーは全員下手投げです。決まりですから」
「そりゃそうだな」
「そしてマウンドが無い。更に距離が短い」
「改めて言うまでもないだろう」
栞が言った。
「そこです」
花蓮がきっぱり言うと、栞はドキッとした。
「ソフトボール出身の皆さんは感じないかもだけど、基本ボールは低め低めに集まるんです。そして投球にあまり高低差がない」
続ける花蓮に神谷が答える。
「確かに。今日の真藤が打ちにくかったのは、そこが理由だと思う」
すると三井も
「2階から投げ下ろされたみたいなボールが目の前に来た。あのバリエーションは簡単には打てない」
と答えた。
「でも、でも・・・」
今度は花蓮がお好み焼きをひっくり返しながら言う。
「その分ソフトは距離が短いんです。球速という意味では150キロくらい出ている感覚なんです。真藤先輩のボールは速いけど、130キロちょっとでしょう。でも高低差があるからもっと速く感じる。ソフトと野球の違いだと思います」
ここで神谷の解説が始まった。だが、それをまともに聞いている者はいなかった。
なにせ神谷自身もそうだったのだが、焼き上がったお好み焼きに全員がかぶりついていたからだ。
理屈はいい。距離の短いソフトボールではピッチャーの投げる前からコースを予測、ボールと平行にバットを出して素早くコンパクトに振り抜かなければならない。
だが野球は小さなボールをマウンドの上から投げ下ろす感覚だ。距離も長い。
投げられたボールを見て考える時間がある。ほんのコンマ数秒ではあるんだが。そして広い空間の中で点と点でボールを叩かないとならない。
バリエーションが多い分、野球が面白いと言えた。
大方腹もくちくなったところで栞から提案があった。
「女子硬式野球部では先輩とか後輩とかやめない?」
「どういうこと?」
美悠紀が聞き直す。
「だからさ、もうみんな名前で呼ぶの。三井先輩、神谷先輩じゃなくて三井さん、神谷さんでよくないですか? あ、1年生の3人も同じ。園田さん、真藤さんでいいよ。なんなら栞さん、美悠紀さんでも」
「あ、それいい。みんなで野球やる仲間だから、これから始めるわけで、先輩も後輩もないし」
美悠紀が賛成の声を上げた。
こうして女子硬式野球部のメンバーが7人になった。
でもまだ2人足らない。理事長との約束まであと少ししかなかった。
女子硬式野球部の練習は基本は河川敷だ。それも猫の額ほどの広さの場所しかない。週末だけ、市民球場を借りる。
最初たった7人での練習に使うだけじゃダメだと言われた。
栞はそんなルールはどこにも書いてないじゃないか、私たちも市民だから使う権利はあるはずだと反論した。
試合に使うのを優先するという総合運動公園の市役所職員に、
「空いてるならいいじゃないか」
と栞は食い下がった。結局押し負けたのだが、思わぬ形で野球場の使用は許可さることになった。
1年生の片倉みずえの父親が市議会議員だったのだ。みずえが言いつけて市は栞の申請を了承した。みずえの父親が力を発揮したのだろう。
これを聞いて美悠紀も複雑だった。これが大人の世界なのかと思った。
ならば昨年通らなかったマンションの固定資産税の減免措置を通して欲しいと思う。
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