第10話 勝負の結果

 ボールのスピードという意味ではソフトボールの方が速い。それは単に距離が短いからだ。

 ソフトボールの場合ピッチャーとバッターの間は13.11メートルしかない。野球は18.44メートルだ。

 神谷五月は美悠紀の第1球を見て不安を覚えた。自分にこのボールが打てるんだろうか。

 バッティングセンターで経験したマシンのボールとは明らかに違っていた。

 第2球。美悠紀は全く同じ位置に渾身のボールを投げ込んできた。神谷は振らされた格好で空振った。

「ストライクツー!」

 怪我の功名だった。美悠紀に繊細なコントロールはできない。ただ、花蓮のアドバイス通りピッチャープレートの端に少し寄って投げたのだ。

 そして栞が美悠紀の足に気が付いた。さっきより内に入ると察して上体をバッター側に寄せる。

 その動きが神谷にまたインコースを責めてくると思わせた。ところが美悠紀のボールは第1球と同じ位置に来た。

 もっと内側に来ると思っていた神谷は中途半端な体勢のままバットを振ってしまったのである。

 だが、スラッガー神谷五月も何故自分が第1球と同じ球を打てなかったのか分かっていなかった。バッティングセンターのボールとの違いも分かっていない。

 栞は今度はアウトコースにミットを構えた。一呼吸着かせようという腹だ。間違って手を出してくれればそれも有りだ。

 ところが栞の要求に美悠紀は首を横に振った。どういうことだ? 栞は狼狽える。

「よし、こーい!」

 今度はサードに着いていたみずえが声を上げた。この3人は栞が指示するまでもなく、三井の時とは守備位置を変えている。

「まあいいか・・・」

 栞は独りごちると真ん中にミットを動かした。美悠紀がニヤリと微笑みかけてくる。

「何を考えてるんだ?」

 だが美悠紀は既に投球フォームに入っていた。バットを握り直す神谷の気配がする。

「よし。こい!」

 さっきよりも更にフォームが大きい。左足が少し高く上がり、少しだけ前に伸びた。

「美悠紀、腕長いな」

 栞はそんなことを考えた。前々から思っていたけど、実際こうしてみると長い。

「指も長いかもしれないな・・・。だったら・・・」

 大上段から投げ込まれた美悠紀の硬球はうなりを上げて栞のミットに突き刺さった。やや遅れて、神谷五月のバットが空を斬る音が聞こえた。

 ボールはバットに掠ることすらなかった。激しく空を斬り、勢いのまま神谷の上体が崩れた。

「空振り、三振!」

 栞が宣言した。


 スイレンとは少女たちがしばしば立ち寄る学校近くのお好み焼き屋の店名だ。

 勝負を終えて彼女たちは学校まで帰ってきた。三井と神谷もいっしょである。

「面白かったな」

 神谷は球場を出る前からそればかり言っていた。

「久し振りに楽しかった」

 三井も喜色満面の笑みである。少女たちはスイレンの座敷に納まっていた。7人の大人数だったからである。

「で、先輩方、本当にいいんですね?」

 栞が2人に尋ねた。

「そうですよ。ソフトボール部と戦争になっちゃうから、無理されなくても」

 美悠紀がもそもそと言った。

「うん。もう決めてる。硬式野球やるぞ」

 神谷が宣言した。三井も黙って頷く。

「あたしは進学の予定もないし、まだまだ部活やりたいんだ」

と神谷。すると三井も

「私もね、専門学校だから受験も関係ないし。ここで引退じゃ煮え切らないよ」

と言い出した。

「煮え切らない?」

 突っ込む栞に美悠紀が訂正する。

「不完全燃焼? 燃え尽きない?」

「ああ、それそれ。煮え切らないじゃねえよ」

 三井が笑いながら言った。

 栞はこの2人に硬式野球部への加入を打診していた。そしてエースピッチャーとの勝負を申し出たのだ。

 勝ったら加入して欲しいと。それを3番三井と4番神谷が了承した。結果は完勝だった。

「それにしてもあの球は凄かったな」

 神谷が美悠紀を見ながら最後の1球を称えた。

「あれは、花蓮ちゃんが言った通りに・・・」

 美悠紀がもじもじしながら飯田花蓮を見た。花蓮はちょうどお好み焼きを鉄板に流し込んだところだ。

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