第7話 ナイター勝負

 美悠紀は栞が教えるままに投球練習を続けている。

 1年生の3人もだいぶ硬球に慣れた。初めての野球場で自主練習を続ける。

 ところが陽が暮れる頃になると真藤美悠紀のピッチングが気になり始めた。

 なぜか。さっきからキャッチャー栞のミットがもの凄い音をさせているのである。

 バシーン!

 バシュ!

 ズガン!

 その音が半端ない。

 美悠紀のコントロールが良くだいたいはスッキリした音が響く。ミットの位置から少しズレた時にやや擦れたような音がした。

 美悠紀の球威は予想を超えた。

 だけど実は栞のボールの受け方がうまいことにまだ誰も気が付いていない。

 栞は美悠紀の手を離れるボールの行き着く先を正確に読んでいた。

 自ら構えたところに来るのか、やや高めに浮くのか、アウトコースに流れるのか、ピッチャーが思い通りに投げられなかったにもかかわらず、その球筋を読んでいる。

 投球練習を始めて1時間。陽もすっかり傾き、球場が闇に包まれようとしていた時、突然球場の照明が点った。

「うおお! 凄え」

「ナイターですか?」

 市民球場ではあるがナイター設備は整っている。球場全体が強い光線に浮かび上がる。ダッグアウトにも照明が点った。

 すると、やはりグリー学園のネーム入りユニフォームを着た人影が2つグラウンドに現れた。

 いち早く気が付いた栞が駆け出す。

「ありがとうございます! 先輩」

 そして大声で3人の一年生とマウンド上の美悠紀を呼んだ。

「先輩・・・」

 その姿を見て1年生の花蓮が後退る。みずえと佳恵も俯いてしまった。

 美悠紀だけはポカンとして見ている。2人が着ているのはグリー学園ソフトボール部のユニフォームだった。

「前置きはいいわ。早速始めようじゃない」

「あれから私たちも硬球に親しんだから。バッティングセンター見つけるの苦労したわ」

 グリー学園ソフトボール部の3年生神谷五月かみやさつき三井奈央みついなおが口を揃える。

「ああ、硬球使ったセンターってなかなかないですからね」

 栞が答えた。

「ご紹介します。真藤美悠紀です」

 突然紹介されて美悠紀は慌てて頭を下げた。だが、何も言えなかった。

 いや、言いようがない。どういう経緯なのか美悠紀は何も聞いていないのだ。

「タイブレーク方式で行こうと思います」

 栞が先輩2人と4人の硬式野球部員に言った。

「タイブレーク?」

「そう。とはいえ人数足りないので、設定はってことです」

 栞が説明する。

「つまり、私たちの8回裏の攻撃ってことね」

 神谷が了解と頷きながら言った。

 そして栞が1年生に守備位置を指示する。

 ファースト、ショート、サードに3人が着く。

「セカンドはなし」

と栞。

「セカンドなしでいいの?」

三井が栞に確認した。

「はい。問題ありません。真っ直ぐ飛ぶことはないと思いますから」

 栞が言ってのけた。さすがにムスッとする神谷と三井だ。

「私はランナーに出た方がいいのかな?」

今度は神谷が栞に尋ねる。

「いえ、走ったら疲れちゃうから。1塁2塁に走者がいるよって設定だけで結構です」

「つまり2人にフォアボール出したら負けってことだね」

「デッドボールでも・・・。もっともこのボールでデッドボールは病院でしょうけど」

また栞が不吉なことを言う。

 栞は美悠紀を伴ってマウンドへ歩いた。

 神谷、三井は金属バットを振り始める。鋭いスイングだ。神谷は全国大会で2打席連続ホームランを打っている。三井も4割バッターだった。

「栞〜。これはどういうこと?」

 美悠紀が栞に擦り寄った。いかにも自信なさげな態度だ。

「あの2人、監督とうまくいってないのよ。で、うちの部にスカウトした」

「スカウト?」

「私たちが勝ったら硬式野球部に入って貰う約束」

「ええ?! そんな勝手に・・・」

「大丈夫、大丈夫。いつものキャッチボールのつもりで投げて」

「そんなこと言ったって・・・」

 美悠紀は当然、まだバッターに投げたことがない。

「ノープロブレム!」

 だが栞は一言言い放つとボールを置いてホームへ戻って行ってしまった。でも、

「私も高校野球始めるからね! お父さん」

 美悠紀は思ったのだ。

 美悠紀は母のスクラップブックの父親の姿を思い出していた。

 カクテルライトの照らすダイヤモンドは美しかった。

 そこにいる少女たちが動き出す。

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