第4話 創部の条件

「これで、女子硬式野球部が出来る!」

 栞がニコニコ顔で校舎を出た。だが、隣の美悠紀は硬い表情だ。

「でも、厳しいよ」

「そんなことないって。行ける、行ける」

 栞はあくまで前向きだ。

 山辺理事長が出した硬式野球部創設の条件は2つ。ひとつはまず部員を集めること。当然最低9人である。でなければ試合が出来ない。

 そして2つ目。集めたそのチームで男子野球部と制限付きの試合をして勝つことである。

「男子部になんて敵うかなわけないよ」

「何言ってんの。やってみなくちゃ分からないじゃない」

「いや、そう言ったって・・・」

 美悠紀は既に涙目だ。

「勝てば野球部のグラウンド使わせて貰える。だってグラウンドがなくちゃ練習も出来ないじゃない」

「そうだけど・・・やっぱり、無理じゃないかなあ」

 美悠紀の泣き言だった。

「だから制限付きだって。その制限はあとであたしらからも提案できるんだよ」

「どういうこと?」

「例えば、5回までのゲームにするとか。私たちだけ2アウトでチェンジにして貰うとか。内野ゴロでもヒットにして貰うとか」

 栞が虫のいいことを並べ立てた。

「そんなのだめに決まってるじゃない」

と美悠紀。

「だね。だから対戦が決まったところで理事長が決めるって言うんだから。私たちの意見も聞きながらさ。それは後のことにしようよ」

 栞の前向きさは驚きだ。美悠紀は少しは栞のポジティブな所を見習わなくちゃと思ってはいる。

 何につけネガティブ思考の自分を変えたいと思い始めていた。

「じゃあ、とにかく部員を集めよう!」

「よし!」

「この前の3人は入ってくれるから、私たちとで5人! ほらあとたった4人だよ!」

 栞が声を張る。

「ええ? まだ4人も足らないんだよ。いるかなあ、硬式野球やりたいって女子?」

「探そう!」

 約束の期限は1ヶ月だ。1ヶ月で9人の部員を集めて、男子野球部と試合をする。

「勝つぞー!」

「まだ早いよう」

 ふたりの女の子がキャーキャー言いながら学校を出て行った。

 目指すのは河川敷である。


「やっぱりソフトボール部から引き抜くのが手っ取り早いんじゃ」

 佳恵がポテトチップを摘まみながら悪い顔をする。これはお好み焼きのトッピング用。

「それは言えるな。ソフト経験者なら野球覚えるのも早いだろうし・・・」

 花蓮が同調した。

 だが、栞はこのアイディアには反対なようだ。

 学校近くのお好み焼き屋である。河川敷で練習を終えた5人がいつも立ち寄る店だ。

「お前らが辞めて、更にっていうのはなあ・・・」

 栞が呟くように言う。

「そうだよ、ソフト部と全面戦争になっちゃうよ」

美悠紀が言った。

 山口佳恵やまぐちよしえ飯田花蓮いいだかれん、そして今日は先に帰っている片倉みずえの3人は新入生のソフトボール部員だった。先輩たちと揉めて辞めたところを栞が誘ったのだ。

「3人引き抜いた格好になってるんだし、止めた方がいいよ」

 美悠紀がだめを押す。

「でも、今のソフト部に不満を持ってる人はまだ一杯いますよ」

 そう反論したのは花蓮だった。彼女は元々リトルリーグにいた。高校に入ってやむを得ずソフトボールに転向したのである。本当は野球がやりたかった。

「そんなに問題の多いクラブなの? ソフト部って」

 美悠紀がおっとりした声で尋ねる。

「最低ですよ。先輩たちは威張ってるし、それに監督がさ・・・」

佳恵がそこまで言って口を濁す。

「監督って?」

 美悠紀は微妙な内容に全く気付かず聞き直した。先輩の美悠紀に聞かれて、佳恵はお好み焼きを頬張る。自らの口を塞いでしまった。

 すると佳恵の代わりに栞が口を開いた。

「監督のセクハラ、パワハラ、あと依怙贔屓えこひいきとか。ひでえんだ。だからあたしも辞めたわけで・・・」

 美悠紀はあやうくお好み焼きを喉に詰まらせそうになった。

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