第3話 理事長室

 グリー学園理事長室に栞と美悠紀がいた。美悠紀はやっぱり栞に引き摺られて着いてきた感じだ。

「園田栞さん、そういうことは総務部長に言いなさい」

 理事長の山辺五月女やまべさおとめはさっきから聞く耳を持たない。

「ですから、理事長。私たちは硬球で野球をやりたいんです。人数はまだ5人ですが、これから集めます」

「部活動は当学園では全面的に奨励しています。そしてその決裁権は総務部長にあります」

 栞も苛立っていた。先日まで散々下山田総務部長と遣り合っていたのだ。どうにも埒があかないので理事長室に押し掛けてきた。

 そこの所を理解しているのか、山辺理事長は力尽くで追い返すことはしない。

「私たち、野球やりたいんです! 甲子園を目指したいんです」

 栞はなおも食い下がった。

「下山田さんの意見は?」

「女の子に硬球の野球は無理だ。危ない。怪我をしたらどうする・・・。で、本学園にはソフトボール部があるって、そう言うばかりで」

 その話しを聞いて山辺理事長の顔色が変わった。

「女だから無理だ、と言ったのですか?」

「はい。女の子には危ないからと」

「どういうボールなんですか? 硬球というのは?」

 山辺理事長が話しを聞く気になったようだ。

「これです」

 美悠紀がポケットの中に忍ばせていたボールを山辺理事長に差し出した。

「これは・・・。重くて、硬いですね」

 山辺理事長はボールを受け取るとそう言った。

「でも、皆これで野球やってます。これが野球のボールです。軟球もありますが、あれは小中学生が・・・」

栞が説明すると山辺理事長がすぐに反論した。

「軟式野球は高校にもあります。女子部がある高校も」

「でも、高校野球も大学野球もプロ野球も、アメリカのメジャーリーグだって、このボールで野球をやるんです。私たちもこのボールで野球をやりたいんです」

 栞は必死だった。

「理事長、ちょっと付き合って貰えませんか?」

「え? どうしたんです?」

 怪訝そうな山辺五月女だ。

「美悠紀、河川敷行こう」

栞が声を掛けた。

 すると美悠紀が微笑んだ。栞の考えていることが分かったからだ。

「廊下でいいじゃん。ここ、20メートルくらいあるし」

 美悠紀が言った。それを聞いて栞も微笑み返す。

「ここ、狭いけど・・・」

「問題ない」

「よし。理事長、ちょっと廊下へ」

 栞は山辺を理事長の椅子から立ち上がらせると部屋のドアを開けた。

 外の廊下は細い通路だった。

 学園の4階にある理事長室は普段生徒たちが通らない場所だ。だから幅が生徒の通る廊下と違って狭い造りになっている。

 暴投でもしたら大変なことになるだろう。女子硬式野球部創設は夢と終わるかも。

 栞と美悠紀はカバンからミットとグラブを取り出した。

「この辺かな・・・」

 美悠紀は廊下を歩いて行く。歩測で距離を測った。

「OK。その辺でいいだろう」

 栞が声を掛けた。そして自分はキャッチャーミットを手に片膝を突いた。硬球を廊下の遙か向こうにいる美悠紀に投げる。

 狭い廊下は遠近法の透視図のように先に行くほど狭く見える。

 美悠紀からも同じだった。栞が構えたキャッチャーミットは廊下の遙か彼方にあった。それは小さな小さな的である。

 だけど美悠紀はごく自然なセットポジションから投球フォームに入った。山辺がドアからこの様子を覗き込んでいる。

 美悠紀はごくコンパクトに足を踏み出すとボールを握った腕を引き絞る。

 だが力は入れていない。ここで暴投は避けたい。足下も不安定だ。

 美悠紀はいつもの投球フォームだけを使って力を抜いてボールを投げた。

 バシーーン!

 栞のミットに収まったボールの音は反響して廊下中に響き渡った。

 ボールを受けると栞はドアの影にいる山辺にボールを掲げて見せた。

「理事長、女の子だからって諦めたくないんです!」

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