心恋の西日

「今年は異常の暑さのため体育祭から文化祭に変更します。」

「あぁ、もうそんな季節か。あと二ヶ月で今年も終わりか。」

担任の話を片耳で聞きながら窓の外を眺める。あの日一緒に帰った時以来、彼女は学校では常に僕の近くにいるようになった。当然あの神崎胡桃が僕なんかと一緒にいることに対してあらぬ噂が広まった時期もあったが、僕みたいな暗いやつとそんなわけ無いとすぐに消えた。

「ねぇ陽輝。今年の実行委員どうする?やる?」

「やらないよ。」

「えー。私は今年もやろうかなって思ってるんだけど陽輝もやろうよ。」

朝のHRが終わり彼女が僕の机に座る。もう慣れた。高二になってからずっとだ。毎朝これじゃあ慣れたくないもんも慣れる。

「去年は気まぐれだよ。それにあんなに仕事が多いなんて思ってなかったから。」

「え、去年やばいくらいぱっぱぱっぱ片付けてたのに?」

「ああいう事務的な作業は苦手じゃないってだけ。まぁとにかく今年はやらないよ。ほら、次体育なんだから着替えないとだろ。行ってこいよ。」

「あ、そうだった。じゃあまた今度ね!」

「うん。じゃあ。」

彼女が慌てて教室から出ていくのを見て、また窓の外を眺める。以前に比べて僕はかなり前を向けるようになった気がする。彼女と話すようになってから。少し、人の目を見られるようになったし、数こそ少ないが友達だってできた。それもこれもすべて彼女のおかげだ。僕は今少しずつ前に進んでいる。

「帰りのHRを始める前に文化祭の実行委員を決めようと思うんだけど誰かやりたい人いないか?」

「はい!」

まぁやるって言ってたしな。彼女が真っ先に手を挙げた。

「お、神崎は去年も実行委員だったよな。経験者は助かるよ。」

クラスメイトが神崎を囃し立てる。

「調子のいい奴らだよな、ほんとに。面倒事は全部丸投げ。まぁ僕は今年はやらないから関係ないけど。」

ぼーっと外を眺めてると、彼女と目があった。何故かニヤついている。嫌な予感がする。

「先生。私は陽輝君、中村陽輝君を推薦します。」

「はぁ。まぁ、そうなるよな。」

「そういえば中村も去年神崎と一緒に実行委員やってたのか。よし、じゃあうちのクラスの実行委員は神崎と中村で決定だな。中村もよろしく頼むぞ。」

「はい。」

彼女に少しは気持ちをぶつけないと気がすまないのでちょっと睨もうと彼女の方を見ると、満面の笑みでブイサインを送ってきた。

「やっぱり君には敵わないな。」

一つ小さなため息を付き、窓の外へと視線を戻す。不思議と悪い気分じゃないのは成長した僕自身もあるが彼女のおかげなんだろう。去年のようなことが起こらなければいいが。

空は青空が広がっていたが遠くの方に真っ黒な雨雲がゆっくりとこちらに向かっていた。


実行委員の仕事は驚くほど順調に進んでいった。神崎が怪我で部活に出られない分、こっちの手伝いに来てくれるから去年に比べて作業効率が格段に上がった。

「村田君ちょっといい?」

明日が文化祭当日ということもあって今日中に事務仕事を終えなければならないから、教室で一人で作業していたら二組の実行委員の長田さんに声をかけられた。

「あぁ、別にいいけど何か問題でもあったか?」

僕は去年長田さんが彼女に何をしたのか知っているからなるべく話したくはなかったが、無視するわけにもいかないだろう。

「えっと、神崎さんって今どこいるの?」

「神崎さんなら今日は部活の顧問に呼ばれて、今は職員室にいると思うよ。神崎さんに伝言なら僕が伝えようか?」

「あ、えっと、違うの。私が用があるのは神崎さんじゃなくて村田君なの。」

また彼女になにかするんじゃないかと身構えていたが、予想外の返答が来て少し驚いた。

「僕に用があったのか。なに?」

「明日の文化祭の最後のフォークダンスあるじゃん。その、私と、一緒に、踊って、欲しいの...。」

この学校には七不思議的なのがある。花子さんとか科学室の人体模型とかそういうのだ。後夜祭のフォークダンスを一緒に踊ったペアは結ばれるというやつがある。要はフォークダンスの誘いは遠回しな告白でもある。

「僕なんかと?」

「うん。私、去年の実行委員会で村田君のこと知って、村田君みんなのためにものすごい量の仕事だっていっつも一人で完璧にこなしてたのを見て村田君のこと、その、好きになったの。」

長田さんの声は耳を澄ませないと聞こえないような音量だが、生徒の大半が前夜祭の体育館に行っているから校舎は静まり返っているから、長田さんの声が一組の教室に響く。

「長田さん。」

「はい。」

「僕は長田さんとは踊れない。ごめん。そうやって思ってもらえるのは嬉しい。ありがとう。でも僕は長田さんと一緒には踊れない。」

告白されたことなんて今まで一度もない。僕自身のことを好きと面と向かって言ってくれたのは嬉しいが、僕は長田さんの手をとることはできない。そう、思った。

「そうだよね...急にこんなこと言われても意味分かんないよね。ごめんね忘れて。」

「いや、ありがとう。」

さっきまでの小さな声が更に小さくなったがこの教室の静寂を切り裂くのには十分な音量だった。

「中村君。一個聞いてもいい?」

「なに?」

「中村君は誰と踊るの?」

「神、いや、僕にとって白い、希望のような人、かな。」

そっか、とこぼし、長田さんは教室を後にした。

「僕もそろそろ帰るか。」

作業も終わり、彼女は顧問の話が終わったら友達と前夜祭に行くらしいから僕は特に学校にいる理由はない。

「明日、少し楽しみだな。」

一人小さく吐き出して教室を出る。窓から差してくる西日が今日はどこか暖かいものに感じた。

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