二人の交差

 高校一年の文化祭。私はクラスのみんなに勧められるがままに、文化祭実行委員になった。私自身、学校での立場や周囲からの見られ方をわかっているつもりだ。私は一般的に見てかなり容姿は整っている方だと思っているし、勉強も部活もどちらも手を抜かずに全力で取り組んでいる。でもそれは何もしないで手に入ったものじゃない。夜寝る前にSNSで美容関係のことをアップしている人を参考にしてスキンケアにはかなり時間を使っているし、勉強だって毎日寝る時間を削って必死にやっている。部活に至っては放課後の部活が終わって家に帰ってから疲れている体に鞭を打って自主練習をしている。でも学校で私のことを見ている人達はそんなの知らない。みんなの中にある神崎胡桃という人間は生まれたときから勝ち組、天才の完璧な人。そんな都合のいい人間なんだ。だからだろう、クラスメイト全員で私を実行委員にさせたがる。わかりきっていたことだ、わかりきっていたけど今までの生活に実行委員なんて仕事が増えると考えただけで体がドっと重くなる。でも私は断れない。完璧であり続けなければならないから。

「じゃあ実行委員の女子は神崎で決まりな。よろしく頼むぞ神崎。」

「はい。がんばります。」

四肢にとても重い鉄の鉛がついているかのように錯覚するほど重くなった体を無理やり動かして実行委員を引き受けた。クラス中から同意の拍手が送られてくる。こんなにも耳障りな拍手が他にあるなら聞いてみたいな。

「それじゃあ次は男子だけど、やりたいやついるか?」

クラスのあちこちで手が挙がる。手を挙げているのは、みんな私に気があるという噂を聞いたことがある人達ばかりだ。私を実行委員に勧めていた中心にいた人達。私はこういう人達が嫌いだ。自分の私利私欲のためだけに他人の意思なんてお構いなし。この人達と一緒にやることを想像したらより体が重くなる。

「おぉ。男子お前らやる気あるな。他にやりたいやつはいるか?」

クラスが静まり返る。みんな顔は動かさないけど全神経をこの教室にいる人の動きに注ぎ込んでいる。

「他は誰もいないなー。それじゃあ今手挙げてるやつらで。」

「先生。」

一人の女子が先生を呼び止めた。その瞬間にクラス中の視線が一箇所に集まる。そこにはさっき先生を呼び止めた女子と、その奥に手を挙げている一人男子がいた。

「中村君も手挙げてます。」

「あぁ。すまんすまん。中村、実行委員やりたいのか?」

先生の問に中村君はゆっくりと席を立ち、口を動かした。

「はい。僕も実行委員に立候補します。」

周囲が一気にざわつく。中村君は今までクラスで誰かと話しているところを見たことがない。今日初めて声を聞いたという人もいそうなくらい。はっきり言って実行委員なんてキャラじゃない人だ。

「そういえば中村は部活入ってなかったな。ちょうどいいな。サッカー部もバスケ部も放課後は練習あるしお前らより中村の方が適任か。」

そうして男子の実行委員はあっさり決まってしまった。最初に立候補していた男子達は中村君を睨みつけていた。私としてはそんなことする人達と一緒じゃなくなっただけ少し楽になったわけだから、私は中村君に感謝しなきゃだ。


「文化祭実行委員会第一回学年会議を始めます。司会を進行させていただきます一年一組神崎胡桃です。よろしくおねがいします!」

一回目の会議が始まる前、司会進行を誰がやるかという話になった時案の定一定数の人達が私を推薦した。正直に言うとまたこれかって思ったけど、実行委員になったのは変わりないからやるなら全力でやろうと思い、引き受けた。みんなが同意の拍手をする。

「改めまして一年一組神崎です。よろしくお願いします。」

みんなの完璧な神崎胡桃で実行委員会の運営をしていく、その覚悟を決めるためにいつもの笑顔で自己紹介をした。

「同じく一年一組の中村陽輝です。よろしくおねがいします。」

中村君が私の合図を待たないで言ってしまった。まだ私の自己紹介に対して拍手が終わっていないのに。会議室が静まり返る。中村君の方に視線をやると平然としている。その目はすぐ近くを見ているようでどこか遠くを見ているようなそんな気がした。私には中村君の考えていることはわからない。別に私は、特別中村君のことを知りたいだとかそんな感情はない。それでも私には彼が一人で何かを抱え込んでいるように見えて、その何かが何なのか少しでもいいから触れてみたい、そう思った。

「それでは二組の実行委員の方から自己紹介お願いします。」

静寂を切り裂くように司会進行の勤めを果たす。

「一年二組の...]

そこからはなんの問題もなく会議は進んでいった。例年の文化祭では先輩方が何をやっていたのかや、予算について先生方に聞きに行ったり。大体一時間くらい中村君と二人で行動していたけどやっぱり中村君はあまり喋らない。いや、全く話さない。世間話なんて続かなかったし、事務的な会話の受け答えができるくらいしか喋らない。こういう人を寡黙というのだろうか。

「それでは今日の文化祭実行委員会第一回会議を終わりにします。ありがとうございました。」

私の号令とともにみんな足早に帰っていく。このあと予定や部活がある人にとっては一刻も早く帰りたいはずだから。

「私も一緒なんだけどなぁ。」

「神崎さん部活入ってるだろ。会議室の片付けと鍵の返却は僕がやっておく。」

「え?」

突然話しかけられてびっくりしてしまった。ものすごい間の抜けた声を出してしまってすごい恥ずかしい。

「あ、あの。ごめんもう一回いい?」

「だから、神崎さんは早く部活行けって。あとは僕がやっておくから。」

中村君は椅子を重ねて運びながら言った。初めて中村君から話しかけられた驚きがすごいが、提案してくれたことはすごいありがたかった。

「あ、ありがとう。でも一人で大丈夫?」

中村君は返事をすることなく黙々と作業をしている。

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらって、じゃあまた明日。ありがとう中村君。」

中村君が作業を一瞬止めて私の方を見た。その時中村君の目は完璧な私じゃない、神崎胡桃の本当の心を見ていたような気がして、心が暖かくなった。

次の日の朝、教室で昨日のことのお礼を言おうと思って中村君の席の近くに行こうと思っていたら、中村君のから私の方に来た。

「昨日話してた直近五年間の文化祭の資料と予算案。渡しておくから使えるなら使って。」

「え。あ、うん。ありがとう。」

私が今日の休み時間と放課後に調べようと思っていた資料を私が予定していた量の倍近いくらいの資料を持ってきてくれた。あのあと一人で調べんだろうか。この量をこんな短時間でまとめるなんて、そんな簡単なことじゃないことくらいわかる。昨日のことと言い、資料と言い、中村君は私の考えていることがわかるのだろうか。

「あ、神崎さん来てたんだ!おはようー。」

中村君はエスパーか何かなの!?とか考えてたら私の周りにクラスメイト達が集まってきた。

「神崎さんこれって実行委員のやつ?」

立候補で手を挙げていた男子の一人が聞いた。

「まぁ、うん。そうなんだけど。」

「すご!この資料なんか社会人とかが会社で使うような資料みたいじゃん!」

「あんた語彙力なさすぎでしょ!」

私の周りでワイワイ盛り上がっている。私の作った資料じゃないのに。とても胸が苦しい。横目で中村君のことを見る。中村君はほおずえをついて窓の外を眺めている。自分の作った資料が勝手に私が作ったことになっていても窓の外、遠くを眺めているだけだ。

「やっぱり実行委員に神崎さんを推薦して良かったね。」

「ほんとそれなー。神崎さんがやればこんな完璧になるもんな。」

みんな私のことだけを持ち上げる。私の胸はどんどん締め付けられていく。それでも否定しなかったのは、中村君がそれを望んでいないように思えたから。


『ありがとうございました。』

帰りのHRが終わって私はまず中村君を探した。帰りの号令が終わってからすぐに探したはずなのに中村君の姿が見えない。すぐに荷物を持って廊下に出る。廊下を見渡すとちょうど階段を登ろうとする中村君の姿が見えた。私も中村君のあとを追いかけるように足早に階段を登った。

「こんな早く移動してどこに行くんだろう。」

中村君は3階の更に上の屋上へと続く階段を登っていった。

「あれ、屋上って生徒は立入禁止で入れないんじゃなかったのかな。」

階段の影から中村君を見ていたら、普通に入っていった。

私は不思議に思いながらも屋上の扉をゆっくり開けた。そこには大きく寝そべった中村君の姿があった。

「中村君、こんなところで...」

話しかけようとした時、中村君の頬に一滴の涙が伝って落ちていったのを見てしまった。とっさに扉に隠れて、その場に力なく座り込む。今さっき見た光景を信じられない。あの中村君が。私の中での中村君はいつも一人でいて、でもそれは望んだ一人で何も辛くない、そうやって中村君という人間を決めつけてしまっていた。中村君は強い人、悩みや悲しみ、苦しみ、涙とは無縁の人間だと思っていた。

「これじゃ私、私のことを上辺だけで見てる人と変わんないじゃん。」

私の頬に一粒の涙が流れるのを感じた。


文化祭の準備は着々と進んでいって実行委員会の仕事も何も問題なく進めることができた。私達のクラスはお化け屋敷をすることになった。昼休みや放課後を使って準備を進めていって、いよいよ明日が文化祭当日になった。みんな前夜祭で体育館に集まっている中、実行委員はクラスの催しの最終点検の仕事があった。

「神崎さん、ちょっとお願いしたいことあるんだけどいい?」

隣のクラスの実行委員の長田さんから小道具のペンキの塗り直しを頼まれた。この学年にも私のことをよく思っていない人は少なからずいる。長田さんも私のことをよく思っていないのはいままで実行委員をやっていて感じてはいた。私はそういう人達とはなるべく関わらないようにしていたし向こう側も私のことを避けていた。そのほうがお互い嫌な思いをすることはないだろうし。

「うん。わかった。今日中にやっておけばいい?」

でも今の長田さんは私を嫌うような目ではない、そう思って引き受けた。

「ありがとう。助かるよ神崎さん。」

そう言って長田さんは友達と体育館の方に走っていった。

「やっぱりそう、うまくはいかないよね。」

結局は自分の仕事を押し付けるためにわざわざ話しかけてきたんだ。薄々気づいていたけど少しでも望んだ私が馬鹿だった。それでも一度やると言ってしまったことだ。これで私が頼まれたことを放り出してやらなかったら、二組の人達が困ってしまう。私はペンキを準備して作業を始めた。

「階段と廊下、一組の点検は終わったよ。って、神崎さんなにしてんの?」

「あ、中村君お疲れ様。点検任せちゃってごめんね。ありがとう。」

「いや、だからなにしてんの?それ二組のやつだろ。なんで神崎さんが作業してんだよ。」

点検を終えた中村君が戻ってきたが、私の作業を見て少し苛立っているのを感じ取れた。中村君は今まで実行委員の仕事のものすごい量を一人でこなしていて、私の負担を少しでも減らそうとしてくれていた。いっつも「神崎さんは忙しいだろ。」って言って。みんな中村君のことを愛想の悪いやつとか言ってるけど本当はすごく優しい人なんだ。多分長田さんが私に押し付けて行ったことを察して怒ってくれているんだうな。本当に優しい人だ。

「いいの。私もやるよって言っちゃったから。中村君は前夜祭行ってきていいよ。先生に報告は私しとくから。」

「僕は前夜祭には行かない。それに、そんなのやらなくていい。」

「いや、でも...」

「前夜祭、もうすぐ終わるから早く行ったほうがいい。行きたい人が残るより、行く気のないやつが残ったほうがいいだろ。さっきのHRで村井さんと話してたのが聞こえた。早く行ってやれよ。」

「なんで、なんで中村君はそこまで私に」

「べつに神崎さんのためじゃない。ただ必死に努力してる人が、白い人が黒いやつらにいいようにされるのが我慢ならなかっただけだよ。」

「中村君の言ってることよくわかんないや。でもありがとう。実行委員会が始まってからすごい助かってるよ。文化祭が終わったら色々お礼させてね。」

前夜祭で待ち合わせしてる村井さんのとこに急ごうと立ち上がった時、

「ガシャ、バシャン!!」

私の足が引っかかってペンキのバケツを倒してしまった。ペンキは勢いよく私達一組のお化け屋敷の看板にかかってしまった。



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