第2話 無職、配信者

 UTuberと呼ばれる職業が広く知れ渡るようになったのは、俺の感覚ではおおよそ2014~15年辺りと記憶している。

「好きなことで生きていく」というキャッチコピーで、HIKAPINやまじめしゃちょーといった当時から今なお日本のUTube業界の最前線を走り続けている人気トップクリエイターたちがCMに出ていたことはよく覚えている。

 それから八年余りが経過した現在、UTube業界は極めて熾烈な戦いを見せている。

 例に挙げたHIKAPINやまじめしゃちょーといったクリエイターはジャンルにとらわれず幅広い活動をしている。スライム風呂に入ってみた、高級食材を食べてみた、世界で10枚しかない激レアカードを買ってみたなどなど。また、トップクリエイターはメインチャンネルの他にも複数チャンネルを運営しているケースが多く、HIKAPINでいえばゲーム実況チャンネルが別で存在し、まじめしゃちょーは何人かのグループを作り、グループ活動をする場合はそれ用のチャンネルを更新している。

 まじめしゃちょーのグループ活動はその時々であるが、そもそも前提としてグループ単位で活動するパターンもある。Wisher'sなんかがいい例だ。

 彼らはみな企業に勤めてはいないものの、事務所に所属しており、芸能界でいうところのタレントのような動きをしている。専属マネージャーがついており、コラボ先企業との打ち合わせ、収録、芸能界と違うところは、そこに編集作業が加わることだ。もちろん外注することも可能であるが、UTube魂の強いクリエイターは自身でそれを行う。

 ジャンルを変えてみれば、ゲーム実況系もすでにレッドオーシャンである。そこには現役プロや元プロなどがわんさかおり、そうでなくても先行者有利ですでにファンを勝ち取っている配信者は出来上がったコミュニティを駆使して安定して活動している。

 また、実写ではなく3DCG技術を利用したアバターを通して活動するVTuberというジャンルも大人気である。自身の声を出す必要があるが、アバターという仮面を被り、そのアバターの設定に沿って活動するため上記クリエイターと違ってリアルの顔バレという心配がない。

 さらに昨今では芸能人の流入が多くみられる。一般人とは違い、収録や演技に慣れた芸能人はやはり強い。そもそもビジュが良すぎる。

 先行者有利、際立ったスキル、芸能人。こんなのを相手にど素人が勝てるわけがない。

 だから「炎上商法」という手法が定期的に採用されてしまう。

 自分には目立った才能も知恵も戦略もない。でも多くの視聴者を獲得し収益につなげなければならない。そういった不安や焦りから犯罪すれすれの行為を映し出して炎上、本人の目的通り視聴者が集まる。しかし大部分は否定的な人物の集まりなので、コメント欄は荒れに荒れ放題。やがてスーツを着た当人が謝罪動画を出したり、タレコミ系配信者に暴露されたり、最悪逮捕されてしまうケースも存在する。

 これが現在のUTubeという市場である。


 さて、二十八歳無職の俺もまた配信者である。そんな俺のUTubeでの地位はというと――


「今日は高校のダチに誘われて飲みに行きました。身バレ防止のためあんま言えへんけどそいつ結婚してて。で、帰りの電車で何となく高校のグループSIGNを開いてみたんですよ。そしたらなんだかんだ結婚してるやつ多くってさ。なんていうか、まあ、ね」

 言葉が詰まってモニターのコメント欄から視線をそらした。同時接続者数は十二人。俺の運営している「関西人俺の記録」チャンネルの全体登録者数は五〇〇人ちょっと。


 そう、いわゆる「底辺UTuber」だ。


 UTubeには収益化の条件というのが存在する。

 ①チャンネル登録者数一〇〇〇人以上

 ②チャンネルの一年間の総再生時間四〇〇〇時間


 上述した通り、UTube業界は参入者が多すぎて飽和状態だ。視聴者の取り合いになっていることもよくある。

 そんな中で特にスキルもない素人が収益化の条件を達成することは困難を極める。俺も例外なくその一人というわけだ。


 同接が二人減って、大したコメント数もなく、俺は俺自身を滑稽に思えてきた。

 一体何のためにこの活動をやっているのだろうか。


「まあ、あれですよ。隣の芝生は青く見えるってやつ。なんかまぶしいんですよね」

 自分で言っていて情けなかった。

 彼女もいない、仕事もない、何のスキルもない。俺は空っぽだった。


 ――結婚が全てじゃないけどなんかわかる。


 というコメントが来たので読み上げて返事をする。

「ああーわかりますか。そうですよね。結婚が人生のゴールとは思わないんですけど、でもなんかそういうのってずっと昔からありますよね」


 俺が返事をするとそれに対する返信コメントはなかった。一人で話を続ける。

「ダチと話したことはあと――」

 それから十分弱ひたすらに話した後、話題が切れた。同接も5人ほどに落ち着いていた。自分が配信しているので、その返しとして一人加算されるため、実質の視聴者はこの場合四人となる。


 ふいに神野綾子のことが頭に浮かんだ。死んでしまった悲劇のヒロイン。高校時代一切かかわることがなかった。どうして彼女は死んでしまったのだろう。

 そうだ、実家に帰ったらアルバムを開いてみよう。どんな人物か、多少なりとも手がかりが得られるだろう。


 次に話すことを考えていたら思考が飛躍してしまい、数秒間無言になってしまった。配信中の無言は視聴者の離脱を招きかねない。基本的に無言はご法度なのである。とはいっても悲しいかな、俺には大した数の視聴者はいないのでそこまで気にする必要もないのだが……。

 少し迷ったが、話してみることにした。本当に、ざっくりと。

「そういえば同級生が亡くなってしまったらしいんですよね。いや、俺自身高校の時一切かかわりがなかったので正直名前を聞いても誰かわからへんのやけど……。まあでも、同級生が亡くなってしまうっていう経験はしたことがなかったから衝撃ではありましたね」

 その発言をしても同接数に変わりはなく、コメントが新たに来ることもなかった。


 時間を確認するとすでに二三時を回っていた。配信時間も30分ほどなので、今日のところはこの辺で締めることにする。


「じゃあそしたら今日はこの辺で終わります。来てくれた人ありがとうございました。ではまた明日」

 ――お疲れ様です。

 ――おやすみなさい


 こういう挨拶の時はコメント数が増えるんだよな。まあ挨拶大事やけど。普通に話してる時ももっとコメントしてくれたらええのに。


 なんていう邪念をコメント越しに募らせていたが、ふっと息を吐きだしてOPSの配信を止めようとした――

 ――あ


 誰かからコメントが来た。しかしすぐに

 ――このコメントは削除されました。

 とUTubeシステムの文字に切り替わった。

 一瞬だった。そのためどういうコメントか、アイコンか何もわからなかった。

 俺の小規模なコミュニティではほとんど同じ顔ぶれがあつまる。顔ぶれ、といっても正確にはアイコンと名前だけなのだが。

 しかし今秒で現れて秒で消えたコメント主のアイコンは、見た、とも言えない一瞬で判断すると、多分初期設定のままのアイコンのような気がする。

 コメントも単なる別れの挨拶だろう。


 おそらく新規の人だろう。また明日も配信するし、その時来てくれればまた声をかければいい。

 そう結論づけて俺は諸々の手順を済ませてPCをシャットアウトした。


 床に入り、今日の配信を振り返る。これが寝る前の日課だ。今日もいつもと変わらない配信だった。最大同接数は十五人。もちろん収益化の条件を達成していないので、スーパーチャット、通称スパチャという投げ銭システムも利用できないので本日の収益はゼロ。これが十二年続いている。


 そうだ。俺は高校一年の頃からUTube活動を続けている。

 先行者有利なんてデタラメだ。今のトップクリエイターは知らないが、少なくともここ数年のぽっと出の配信者たちよりもはるかに長く俺はこの世界にいる。

 なのに俺の人気は一切出ず、俺はいまだなおUTubeの日の当たるところを知らない。

 溜息しか出ない。何度もやめようかとも思った。実際定期試験前や大学入試の一年間などは特に活動していない。それでなくても気分が乗らなかったり疲れたりしていると数日、最悪数か月活動しないこともあった。

 社会人になってからは日々の仕事がある。特に興味もない業界の、興味もない仕事をやっている中での活動は、全然視聴者はいないが心休まる場所として楽しかった。


 元々俺は社交的ではないため、上司、先輩、同僚、後輩、ありとあらゆる職場の人間関係から距離を取っていた。必要のない飲み会や夜の街への付き添いはことごとく断った。そのくせ話しかけられたり、仕事で会話をする必要があればとってつけたような笑顔と最大限の愛想を使って、穏便に事が進むよう心がけた。

 そして中には相性の悪い人物は存在し、飲み会の席で遠く離れた場所から俺のことを何か言っている場面を視界の端っこから見たこともあった。当たり前に気づいていないふりをした。


 そんな日々が一年、二年、三年と過ぎていった。社会人になった途端、時間の過ぎる速度がおかしいくらいに速いことに気づいた。

 そして四年目の時、社会人として過ごしてきた日々が突然ただの浪費にしか思えなくなった。

 二十代という一番貴重な時期に、ただやりたくもない仕事とただの仕事上の付き合いだけの人間関係で終結させるのは、まったく無意味なのではないか。そう思うようになってしまった。俺はすでに四年無駄にしているのだ。

 そこからは早かった。

 直属の上司に退職の希望を伝え、日程を調整し、引き継ぎ作業も行い、無事退職。晴れて無職となった。


 こうして自由の身となったのだが、そこに真の自由は訪れない。俺は日本国民として税金を支払わなければならないし、新たな働き口も見つけなければならない。

 これじゃあ一体なんのために仕事を辞めたのか。

 一度考えだすと際限なく負の方向に向かっていってしまう。「くそが」と独り言ちて大の字に寝返りをうつ。

 右手を額の上に乗せ、瞼を閉じる。

 何で俺はうまくいかねーんだ。

 UTubeは厳しい。厳しすぎる。わかっていた。頭ではわかっていたはずなのに。

 十二年も結果が出なければ辞めた方がいいのではと何度も思った。今ある仕事に専念して、もしくは嫌なら転職して社会の歯車として生きていけばいいじゃないか。それが一般的な回答だと思う。

 でも俺は前述した通りで、その価値観を持てなかった。退職したことに後悔はない。お先は真っ暗である。それでも生きていくしかない。


 いつの間にか眠気が訪れていることに気づいたのもつかの間、俺はすぐに眠りに落ちた。

 そしてこの時の俺はまだ知る由もなかった。

 配信が終了した後の、録画化された動画ページにとある一件のコメントが来ていることを。

 そのコメント主が、「神野綾子」を名乗る人物であることを。


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