第11話 気になる存在

教室に差し込む初夏の陽光が、神崎美咲の机に落ちる教科書を照らしていた。彼女は何気なく窓の外を眺めながら、ため息をついた。


(鳴海くん、最近変わったな…)


美咲の視線は、教室の隅で花子と話す太郎に向けられていた。数週間前、太郎から告白されたことを思い出す。あの時は驚きのあまり、うまく対応できなかった。そして、そのことを誰にも話していない。


「まだ恋愛とかよくわからなくて…」


そう言って太郎の気持ちを受け入れられなかった自分。でも、それ以来、なぜか太郎のことが気になって仕方がない。


「ねぇ、美咲」


隣の席の友達、佐藤麻衣が話しかけてきた。


「どうしたの?なんかボーッとしてるけど」


「え?あ、ごめん…」


美咲は慌てて我に返る。


「ちょっと考え事してて」


「へぇ、珍しいね」


麻衣が不思議そうに首を傾げる。


「最近、美咲って何か悩み事でもあるの?」


「ううん、別に…」


美咲は曖昧に答える。太郎のことを考えていたとは言えない。


その時、教室の後ろで笑い声が聞こえた。振り向くと、太郎と花子が楽しそうに会話している姿が目に入る。


(二人とも、仲良さそう…)


なぜか胸がキュッと締め付けられる感覚。美咲は慌てて前を向き直した。


「ねぇ、美咲」


麻衣が小声で話しかけてくる。


「鳴海くんのこと、気になってる?」


「え!?」


美咲は思わず声を上げそうになり、慌てて抑える。


「そ、そんなことないよ。どうして?」


「だって」


麻衣が意味ありげに笑う。


「さっきから、チラチラ鳴海くんの方見てたじゃん」


「そう…だったかな」


美咲は曖昧に答える。自分では意識していなかったが、確かに最近、太郎のことをよく目で追っていた。


「もしかして…」


麻衣が身を乗り出してくる。


「鳴海くんのこと、好きなの?」


「違うよ!」


美咲は慌てて否定する。周りの視線が気になり、小さな声で続ける。


「ただ、ちょっと気になるだけ…」


「へぇ~」


麻衣が意味深な笑みを浮かべる。


「でも、鳴海くん最近元気だよね。前はなんかモヤモヤしてる感じだったのに」


美咲は黙ってうつむく。太郎の様子の変化に気づいているのは、自分だけじゃないんだ。


「そうだね…」


美咲は小さな声で答える。


「元気そうで…良かったなって」


「ふーん」


麻衣は納得していない様子だが、それ以上は追及しなかった。


放課後、美咲は一人で下校していた。いつもなら友達と一緒に帰るのだが、今日は何となく一人になりたかった。

ふと前方に、見覚えのある後ろ姿が目に入る。


(あれ、鳴海くん…?)


美咲は思わず足を止める。声をかけようか迷った瞬間、太郎の隣に花子が現れた。


「ねぇねぇ、太郎!」


花子が嬉しそうに太郎に話しかける。


「明日の放課後、図書室で勉強会しない?」


「ああ、いいね」


太郎が笑顔で答える。


「数学のテスト、ちょっと不安だしな」


「じゃあ、決まりね!」


花子が元気よく言う。


「私、問題集持ってくるから」


二人は楽しそうに歩いていく。その後ろ姿を見つめながら、美咲は複雑な思いに駆られていた。


(私…嫉妬してるの…?)


その考えに、自分でも驚く。でも、否定できない。太郎と花子の仲の良さを見ていると、胸が苦しくなる。


「はぁ…」


美咲は深いため息をつく。


「私、鳴海くんのこと…好きだったのかな」


夕暮れの街を、美咲は一人寂しく歩いていく。心の中で、少しずつ芽生えていた気持ちに、やっと気づき始めていた。


しかし、今更後悔しても遅いのかもしれない。太郎の心は、もう花子に向いているのだろうか。


それでも、美咲の心の中で、小さな希望の火が灯り始めていた。


(まだ…間に合うかな)


美咲は空を見上げる。夕焼けに染まる雲が、まるで彼女の複雑な心情を表しているかのようだった。


これから三人の関係はどうなっていくのか。美咲にも、まだわからない。


もう二度と、大切な気持ちを見逃さない。


そう、美咲は心に誓うのだった。

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