第10話 忘れられない感触

放課後の教室。太郎は一人、窓際の席に座り、ぼんやりと外を眺めていた。


(あれから一週間か...)


太郎は思わず深いため息をつく。屋上での出来事から一週間。あの日以来、太郎の頭の中はグルグルと回り続けていた。


(くそっ...なんで忘れられないんだよ...)


目を閉じれば、あの時の柔らかな感触が蘇ってくる。花子の胸に触れた瞬間の驚きと、そして...言いようのない高揚感。


「はぁ...」


太郎は机に突っ伏す。自分でも情けない。美咲のことを好きなはずなのに、今は花子のことばかり考えてしまう。


「おーい、太郎!」


突然、教室のドアが開き、元気な声が響く。太郎は思わずビクッとして顔を上げる。


「花子...」


そこには、いつもの明るい笑顔の花子が立っていた。その姿を見た瞬間、太郎の頬が熱くなる。


「どしたの?顔赤いよ?」花子が不思議そうに首を傾げる。


「い、いや...なんでもないです」太郎は慌てて誤魔化す。


花子はクスッと笑うと、太郎の隣の席に腰掛ける。


「ねぇ、最近ちょっと変だよ?」花子が心配そうに太郎を見つめる。「まだ美咲のこと、引きずってる?」


「え?あ、ああ...」太郎は曖昧に答える。正直に言えるわけがない。花子の胸のことばかり考えていたなんて。


花子は少し考え込むような表情を見せると、突然立ち上がった。


「よし、決めた!」


「え?」


「太郎を元気づける作戦、第二弾!」


「はぁ!?」太郎は驚いて声を上げる。「ちょ、ちょっと待てよ...」


しかし、花子は太郎の腕を掴むと、強引に引っ張り始めた。


「さぁ、行くよ!」


「お、おい...どこに...」


太郎の声も空しく、二人は廊下を駆け抜けていく。そして、気がつけば...。


「屋上?」


太郎は少し息を切らしながら、周りを見回す。


「うん!」花子が満面の笑みで答える。「ほら、ここなら誰もいないでしょ?」


「え?」太郎は不吉な予感を感じ始める。「な、何するつもりだよ...」


花子はニヤリと笑うと、太郎に近づいてきた。


「太郎ってば、この一週間ずっと考えてたでしょ?」


「!?」太郎は驚いて後ずさる。「な、何のことだよ...」


「もう、バレバレだよ」花子がくすくすと笑う。「あの時のこと、忘れられないんでしょ?」


太郎の顔が見る見る真っ赤になっていく。


「ち、違うよ!そんなこと...」


「嘘つくの下手だね」花子が太郎の目をじっと見つめる。「私だって...あの時のこと、ずっと考えてたんだから」


「えっ!?」


太郎の心臓が激しく鼓動を打ち始める。花子の言葉に、頭の中が真っ白になる。


「だから...」花子が恥ずかしそうに、でも決意に満ちた表情で言う。「もう一回...触る?」


「はぁ!?」


太郎の声が屋上に響き渡る。


春の風が二人の間を吹き抜けていく。太郎の頭の中は完全にパニック状態。どうすればいいのか、まったくわからない。


そんな太郎を見て、花子はクスッと笑った。


「冗談だよ、バーカ」


「えっ...」


太郎は呆然とする。花子は楽しそうに笑い出す。


「もう、太郎の顔ったら面白すぎ!」花子がお腹を抱えて笑う。「こんなに真っ赤になるなんて、やっぱりずっと考えてたんだ~」


「う...」太郎は言葉につまる。「ふざけんなよ...」


花子は笑いながらも、少し優しい表情になる。


「ごめんね」花子が太郎の肩を軽く叩く。「外の空気吸って元気出た?」


太郎は複雑な表情を浮かべる。確かに、この一週間モヤモヤしていた気持ちが、少し晴れた気がする。


「まあ...ね」太郎は照れくさそうに答える。


「よかった」花子が嬉しそうに言う。「太郎が元気な方が私も嬉しいよ」


太郎は花子の笑顔を見て、胸がキュッと締め付けられるのを感じる。


(やばい...これって...)


太郎は自分の気持ちに気づき始めていた。美咲への想いは確かにあった。でも、今この瞬間、目の前にいる花子のことを、どうしようもなく意識してしまう。


「ねぇ」花子が真剣な顔で太郎を見つめる。「私たち、これからどうなるんだろう...」


太郎は言葉に詰まる。正直、自分でもわからない。でも、一つだけ確かなことがある。


「わからないけど...」太郎が勇気を振り絞って言う。「花子と一緒にいると、なんか楽しいんだ」


花子の頬が少し赤くなる。


「うん...私も」


二人は照れくさそうに視線を逸らす。しかし、その瞬間、二人の手がそっと触れ合う。


ビクッとして顔を見合わせる太郎と花子。そして、くすっと笑い合う。


春の風が二人の髪をそよがせる。この先どうなるかはわからない。でも、きっと二人で乗り越えていける。そんな予感が、静かに二人の心を満たしていくのだった。

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