第12話 三人の距離
図書室の窓から差し込む夕陽が、テーブルに広げられた教科書やノートを赤く照らしていた。太郎は問題集と格闘しながら、時折となりに座る花子の方をチラリと見る。そして、その向かいに座る美咲の姿も、気にならないわけがなかった。
(なんで、こんな状況になっちまったんだ…)
太郎は内心で苦笑する。元々は花子との勉強会のはずだったのに、どういうわけか美咲も加わることになってしまった。
「あの、ここがよくわからないんだけど…」
花子が不安そうな顔で太郎に問題集を見せる。太郎は少し緊張しながら身を乗り出す。
「どれどれ…」
太郎が問題を覗き込むと、ふわっと花子の香りが鼻をくすぐった。思わずドキリとする太郎。
「この公式を使えば…」
太郎が説明を始めると、美咲が静かに顔を上げた。太郎の優しく丁寧な解説に、思わず見とれてしまう。
(鳴海くん、こんなに頭良かったんだ…)
「わぁ、そうか!」
花子が嬉しそうに声を上げる。
「太郎、すごいね。よくわかったよ」
花子の笑顔に、太郎は照れくさそうに頭をかく。
「いや、大したことじゃ…」
その様子を見ていた美咲の胸に、小さな痛みが走る。
「あの…」
美咲が小さな声で話しかける。
「私もこの問題、教えてもらってもいい?」
「え?ああ、古典以外なら大丈夫」
太郎は少し驚いた様子で答える。
美咲が太郎の隣に座り直すと、その距離の近さに二人とも少し緊張する。今度は花子が、その様子を複雑な表情で見つめていた。
「ここね…」
太郎が美咲のノートに指を這わせながら説明を始める。
「この公式を使って…」
美咲は太郎の言葉に耳を傾けながら、その横顔を見つめていた。告白されたあの日、うまく応えられなかった自分。でも今なら…。
「どう?わかった?」
太郎の声に、美咲は我に返る。
「あ、うん…ありがとう」
美咲は小さく頷く。太郎との距離の近さに、頬が熱くなるのを感じる。
「よかった」
太郎が優しく微笑む。その笑顔に、美咲の心臓が高鳴る。
一方、花子は二人のやり取りを見ながら、何とも言えない気持ちになっていた。
(私、やきもち焼いてるの…?)
自分でも驚くような感情に戸惑う花子。太郎のことは友達のはずなのに…。
「じゃあ、次の問題は…」
太郎の声で、三人は我に返る。それぞれが複雑な思いを抱えながら、問題集に向き合う。
時間が過ぎていく中、三人の間には妙な緊張感が漂っていた。時折交わされる視線、ちょっとした体の接触、それらすべてが特別な意味を持つように感じられる。
「もう、こんな時間…」
花子が窓の外を見て呟く。
「そろそろ帰らないと」
「本当だ」
太郎も時計を見て驚く。
「結構遅くなっちゃったな」
三人は慌てて荷物をまとめ始める。その時、太郎のペンが床に落ちた。
「あ」
太郎と美咲が同時にペンに手を伸ばす。指先が触れ合い、二人は驚いて顔を見合わせる。
「ご、ごめん…」
美咲が慌てて手を引っ込める。
「どうぞ」
「い、いや…」
太郎も動揺を隠せない。
「ありがとう」
その瞬間の二人のやり取りを見ていた花子の胸に、痛みのような感情が走る。
(私…嫉妬してる…)
自分の気持ちに気づき始めた花子は、複雑な表情を浮かべる。
「じゃあ、帰ろっか」
花子が明るく振る舞おうとする。
「今日は勉強になったね」
「うん」
太郎と美咲が同時に答え、また目が合ってしまう。
三人は静かに図書室を出る。廊下を歩きながら、それぞれが今日の出来事を反芻していた。
これから三人の関係は、どう変わっていくのだろうか。誰にもまだ答えは見えない。
今日の勉強会を境に、三人の心には、新しい何かが芽生え始めていた。
それが喜びなのか、苦しみなのか、まだ誰にもわからない。
夕暮れの空が、そんな三人の複雑な思いを優しく包み込んでいくのだった。
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