第1話 突然のお誘い
「はぁ...」
鳴海太郎は、教室の窓から外を眺めながら、小さなため息をついた。
入学式から1週間。期待に胸を膨らませていた高校2年生の春は、あっという間に日常という名の沼に飲み込まれていった。
(神崎と同じクラスになれたのはいいけど...)
太郎は、教室の後ろの方に座る神崎美咲の姿をちらりと見た。
(全然話すきっかけがないじゃないか)
確かに、美咲とは同じクラス。だが、席は離れているし、休み時間になるとすぐに女子の輪に囲まれてしまう。太郎にとっては、まるで手の届かない存在のようだった。
「おーい、太郎!」
突然、耳元で大きな声がして、太郎は思わず飛び上がった。
「びっくりしたじゃねーか!何だよ、花子」
太郎の隣の席に座る結城花子が、いたずらっぽく笑っている。
「あんまりため息ばっかりついてると、幸せが逃げちゃうよ?」 「うるせーな。関係ねーだろ」
太郎は少し顔を赤らめながら、そっぽを向いた。
「ふーん」花子は首をかしげる。「でも、あんまり美咲のこと見てると、バレちゃうんじゃない?」
「え!?」太郎は慌てて声を潜める。「お、お前にバレてたのかよ...」
「あはは、図星だね」花子は楽しそうに笑う。「でも大丈夫、私以外誰も気づいてないと思うよ」
太郎は肩をすくめた。花子の洞察力の鋭さに、今さらながら感心する。
「まあ...どうでもいいけどさ」 「どうでもよくないでしょ!」花子は目を丸くする。「せっかく同じクラスになったんだから、チャンスだと思わない?」
太郎は再び窓の外を見た。桜の花びらが風に舞い、まるで彼の複雑な心情を表すかのようだった。
「チャンス、か...」
その時、教室の後ろでガタッと椅子を引く音がした。
振り向くと、神崎美咲が立ち上がり、太郎の方へ歩いてくるではないか。
(え!?なんで!?)
太郎の心臓が早鐘を打ち始めた。
美咲が近づいてくる。3歩、2歩、1歩...
「あの、結城さん」
優しい声で美咲が花子に話しかける。
「どうしたの?」花子が笑顔で返事をする。
「結城さん古典の宿題提出してないよね?」美咲は少し困ったように微笑む。
花子も困ったような表情を浮かべ「実は...古典の宿題で分からないところがあって。美咲、教えてもらえないかな?」
「もちろん」美咲が笑顔で答える。「私でよければ、喜んで」
「やった!ありがとう!」花子が嬉しそうに飛び跳ねる。そして、ふと思いついたように付け加える。「あ、そうだ。太郎も一緒にどう?」
突然自分の名前が出てきて、太郎は驚いて花子を見た。
「え?」 「だって、太郎も古典苦手じゃん」花子はウインクしながら言う。「一緒に教わった方が効率いいでしょ?」
「あ、そうね」美咲も笑顔で頷く。「鳴海くんもよかったら、一緒に勉強しない?」
太郎は慌てて答える。「あ、ああ...もちろん!全然いいよ!」
「じゃあ決まり!」花子が手を叩く。「放課後、図書室で集合ね」
「じゃあ、放課後に...」
美咲が自分の席に戻っていくのを見送りながら、太郎は複雑な心境だった。
「よかったね、太郎」
花子が小声で話しかけてきた。
「え?」太郎は少し戸惑う。「でも、勉強教わるだけじゃん」
「もう、鈍いなぁ」花子は呆れたように首を振る。「これはチャンスだってば。美咲と仲良くなるいい機会じゃない」
太郎は複雑な表情を浮かべた。確かに嬉しい。だが同時に、不安も湧いてくる。
「いや...でも...」
「大丈夫だって!」花子は太郎の背中を軽く叩く。「あたしがうまくリードするから。あんたは自然体でいいよ」
太郎は小さく頷いた。春風が窓から教室に吹き込み、太郎の頬をそっと撫でる。
(花子、ありがとう)
太郎は心の中で友人に感謝しながら、放課後の約束に向けて期待と不安が入り混じった気持ちを抑えきれずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます