最悪だ。

 イミタシオン教の大司教であるエルピスはそんな感想を頭に飛来させ、忌々しげに表情を歪める。


「……なんで、完全にっ!」


 イミタシオン教は主より託された主へと仇為す神の候補者たちの封印を任じられている。

 だが、その封印によって封じられているのはほんの一部だけ……邪神のことを封じていた戦闘にも利用することの出来る杖の封印が壊れたとしても、こうして、神話に語られていた邪神の姿ままが出てくるなんてことはありえないはずだった。

 それなのに、今、己の前の目の前には完全体として復活した邪神の姿がある。

 どんな、絶望だろうか……?邪神の復活。

 それは人類の終焉を意味して───ッ!人類の守護者たる主、その主の足を引っ張るために敗れた仇為す神の候補者たちが人類に対して攻撃を行う。

 それは、聖書でも語られている、邪神の封印が解かれた時に起こると予言されている最悪の状況だった。


「きゃっ!?」


 目の前の状況が信じられず、呆然としていたエルピスは邪神が動き出したことで起こる風圧で吹き飛ばされ、そのまま地面を転がる。


「……どう、すれば」


 地面を転がったエルピス。

 だが、そんな彼女は立ちあがることもなく、ただただその場で途方に暮れる。

 そんな中だった。


「……ッ!?」


 この場に、主を称える讃美歌が流れたのは。

 自分は讃美歌を歌っていない。

 そして、周りを見渡しても、その讃美歌を歌っている者はいない……では、誰が?


「て、ティエラ……?」


 理解できず、困惑していたエルピスの耳にシオンの動揺の声が何故か、明瞭に、クリアに聞こえてくる。

 それで、視線をティエラの方に向ければ。


『───』

 

 そこには、全身を光に包んだティエラがゆっくりと、その体を浮かび上がらせているようなところだった。

 天から降り注ぐ光を、その身いっぱいに浴びて。


『……邪神』


『ォォォォォォオオオオオオオオオオオオ』


 夜が、明けた。

 そう、評するべきか。

 ティエラの静謐さを携えた夜のような黒髪が、赤く淡い黄金のように見える、そんな光り輝く髪へと変貌させる。

 相反するような、ありとあらゆる罪を焼き焦がす怒りを宿した太陽のような瞳とありとあらゆる罪を許して押し流す慈愛に満ちた海のような瞳が、されど、無機質に輝く。

 ヒトから、外れた。


「あぁ……」

 

 その様はまるで。

 まるで、主が真なる神へと至った時かのようで……。


「……あぁ、神よ」


 自然と、イミタシオン教の大司教たるエルピスは手を合わせ、祈りを捧げ始めているのだった。

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