対触手

 一旦は頭を悩ませた僕であるが、結局のところ、やるべきところなんてよくよく考えてみれば一つしかなかった。

 触手が無限に再生してしまうというのなら、本体を叩く他ないだろう。

 行くべきは、この大量にある触手の下だ。


「ふぅー」


 僕は息を吐き、ゆっくりと自分の体へと意識を傾けていく。

 人間は脳の10%しか使っていない、と聞くことがある……だけど、こんなのはただの迷信だ。

 脳みそは100%の力をフルに使い、寝ているときであっても常に働き続けている。でなければ、体重のわずか2%しかない脳みそという臓器が、体内にあるどの臓器よりも多くのエネルギーを有するなんてことにはならないだろう。


 ただ、その脳みその働きをこちら側で強引に変え、本来の人間としてはありえない働きを生み出すのは可能だ。


 落とす、体を。脳を支配する。

 すべてが止まっていく。

 己の心臓が鼓動を止め、そして、世界が止まる。

 体を動かしたり、内臓を制御したり、という無意識下の中で動かしている部分の脳をその仕事から解放し、己の支配下に置く。

 死んでいく体の中で、僕が重点を置く脳の処理速度ばかりが上がっていき、世界が遅くなっていく。


「ハハッ」


 それに合わせて、強引に体も動かしていく。

 魔剣グリムを一振り。

 無理やりに動かされた僕の腕は赤い血を噴き出しながら、それでも、圧倒的な力を見せる。

 自分の目の前にあった触手が消し飛ぶ。

 

「まだまだ……ッ!」


 急降下。

 僕は悲鳴を上げ、血しぶきをあげる全身へと常に回復魔法をかけながら一気に地下へと突き進んでいく。

 自分の周りにある大量の触手を僕は次々と斬り裂いていき、どんどんと地下深くにまで一直線で潜っていく。

 緩慢な動きの触手をすり抜け、自分の斬撃で作られた空間を駆け抜け。


「……いた」


 僕はとうとう遥か地下にまでたどり着く。

 大量にある触手。

 その下には確かに、僕が初めてこいつと会った日、封印された時に見た一つ目の巨大な化け物の姿があった。


「遅い」


 邪神の一つ目が僕を捉え、一本の触手が自分の方へと迫ってくる。

 それを楽に避けた僕はそのまま自分の手にある魔剣グリムを、邪神の一つ目へと遠慮なく突き立てる。

 邪神の持つ魔力が一気に僕の方へと流れ込んでくる。


「借りるぞぉっ!お前の魔力ッ!!!」


 既に僕の血はこの街全体へと大量に降り注いでいる。


『ォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ』


 常に魔剣グリムより邪神から魔力を吸い込み続ける僕は魔法を発動。

 自分の血に、炎を灯らせる。

 町全体に広がった僕の血が炎へと変わり、すべてのものを燃やし尽くし始める。町全体へと広がっていた触手は当然、そのすべてを燃え上がらせた。


「さて、本体はどうやりゃ死ぬのかね?」


 触手が消えていく中で、僕はぼそりと言葉を漏らしながら、突き刺していた魔剣グリムを全力で横に振るうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る