イミタシオン教の高官

 着替え終えた僕とシオンは早速、アルカティアへと出発した馬車の中へと乗っていた。

 馬車、と言っても、前世にあったような普通の馬が引くようなものじゃない。

 もう魔物と言ってもいいような、信じられないくらいにデカくてごつい二頭の馬に引かれる、巨大で豪華な箱もの。

 それが今、僕とシオンの乗っている馬車である。


「……随分と、静かな気が」


 イミタシオン教の高官も乗っている馬車であるが、あくまで自分たちは護衛。

 ゴーラスさんは挨拶をすることもないだろうと言っていた。

 その言葉に従い、馬鹿みたいに広い馬車の中には入らず、屋上に立っている僕は……というか、馬車の屋上ってすごい単語だよね。

 いや、そんなことはどうでも良くて。


「あの、光の腕はゴブリン以外もひき潰したのかな?」


 今、僕が疑問に思っているのは森の静けさである。

 アルカティアにまで向かう森、ゴブリンたちが大量発生していた森の中を進む馬車の屋上に立つ僕はどうしても、やけやに静かな森に疑問を抱く……魔物だけなら、ゴブリンどもを殲滅していた光の腕で説明がつく。

 だけど、魔物だけじゃない。

 動物たちもいない。鳥の鳴き声や、獣たちの争う声。

 森にあるべき、根付く音が何もなく、不気味にただ木の葉の揺れる音だけが響いている。


「うーん……」


 冷静に考えてみると、やっぱりあの巨大な光の腕もよくわからないよなぁ……独特な、魔力とはちょっと別種の力を感じた。


「何か、影響か……」


 探知魔法。

 僕のその魔法は今でも、何処か雲隠れにあっているような心地で、うまく働いていない。

 今でも、ゴブリンたちの……いや、これは、それとは違う感覚もある。


「うなぁ」


 なんか、ずっともやもやしているような……そんな、何かの神隠しにでもあっているような気分だった。

 何処か落ち着かない。落ち着けない。


「ティエラ」


 僕が屋上で何ともいえない違和感と感触に首を傾げていた時。


「ん?」


 屋上へとやってきたシオンに名前を呼ばれて、僕はそちらの方に視線を向ける。


「依頼のことなんて忘れて帰りますわ」


「えっ?いや、何で?」

 

 そして、それと共にまず真っ先に帰ろうと口にしたシオンを前に困惑の声を漏らす。

 確か、シオンは元々、公爵令嬢だったという立ち位置も相まって僕の会う予定がないイミタシオン教の高官へと挨拶に行っていたはずである。

 その時に、何かが……あったのだろうか?


「イミタシオン教の高官にティエラも呼ばれましたわ」


「えっ?そうなの?」


「帰りますの」


「いや、なんで!?別に全然、会うよ。僕は」


 余計に何だけど?わからなさ具合のレベルがあがったよ。


「……駄目ですわ!イミタシオン教の高官は狡猾で汚いやつでしたの」


「それくらいは承知の上だよ。むしろ、一つの組織をのし上がっている人間が純情、とかの方が珍しいんじゃないかな?」


「それに、何よりも女でしたわ!」


「いや、女性蔑視酷くない?僕は性別で人を判断するつもりはないよ」


 男女差別の傾向がこの世界にあることは事実。

 でも、僕はそこへと迎合しにいくつもりはない。


「そ、そういうことが言いたいわけじゃ……」


「そんなことより、イミタシオン教の高官を待たせるわけにもいかないでしょ。ほら、早く行くよ」


 僕は何故か、帰ろうと急かしてくるシオンに首をかしげながら、屋上の方から馬車の中へと向かっていくのだった。

 

 ■■■■■


 馬車というよりは列車。

 本当に広い馬車の中の奥にある部屋。

 そこには広々と用意された上品でシックな印象を抱かせるような空間が広がっていた。

 ここが本当に馬車の中なのか、そう疑いたくなる中で、少しの振動がここを部屋の中であると思い出させてくれる。


「始めまして。私はティエラ。ただのしがない平民にございます」


 そんな部屋の中へと訪れた僕は深々と一礼していた。


「丁寧な自己紹介、ありがとうございます」


 そんな僕の自己紹介を聞き、笑顔で頷くのは一人の女性だ。

 年齢はまだ、三十代前半くらいだろうか。

 腰の長さにまで伸びる少しばかりウェーブのかかった薄紫色の髪と泣きぼくろの方にも目を惹かれる垂れ目な薄紫色の瞳を持ち、スタイルの良いシオンを超えるほどに豊かな乳房を覆い隠すような神官服を身にまとうおっとりとした雰囲気をまとった女性。

 その女性こそが、僕たちの護衛対象イミタシオン教の高官だった。


「私はエルピスです。一応、大司教という過分な地位に立たせてもらっています。よろしくお願いしますね」


「よろしくお願いします」


 一つの組織を駆けあがった。

 イミタシオン教という巨大な宗教組織を三十代で上り詰めたようにはまるで見えない、そんな女性を前にして、若干戸惑いを隠せない僕はそれでも、その動揺を押し殺して言葉を返すのだった。

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