ゴブリンの大量発生
シオンはガチだった。
僕の交渉なんてゴミだった。
「それじゃあ、これで話を終わらせますわ」
「えぇ、ありがとうございます」
これが本物の貴族……っ。
圧倒的なカリスマ性と言葉の説得力。
そう感じさせるような話術により、リベロオール男爵閣下を丸め込んで、さっき二人で話し合った内容を彼に納得させた。
もうそれは、それはスムーズで素晴らしい会談だった……これ、僕は必要だったのかなぁ?最初からシオンが交渉にあたっていた方が良かったのでは。
「実は、既にこちらの方で身柄を拘束させていただいていた女性と、今回来てくださっていた少女の方は既に面会させております。それと、金貨五十枚の方も返却いたします」
「お金に関しては我々に返されても困りますわ。孤児院の方に渡してくださいまし」
「承知いたしました」
何てことを考えている間にも、二人はどんどんと話を進めていく……というか。もう既にお姉ちゃんのほうを開放しているとは。
本当に下手に出ているんだなぁ。
あくまでこっちはただの冒険者なんだけど。
「それで、お二方。最後に一つ。よろしいでしょうか?」
「はい?」
「何でしょう?」
「冒険者ギルドにも貼られている依頼書。ゴブリン巣穴の討伐を是非ともお願いしたいのです」
「……ゴブリンの巣穴?」
僕はリベロオール男爵閣下の言葉に対して、オウム返しで言葉を返す。
確かに、冒険者ギルドの掲示板にはゴブリンの巣穴に関する依頼書もあったけど……。
「僅かに、ほんの僅かにではありますが、大量発生の予兆があるのです。あまりにも小さな予兆過ぎる故、まだ他方に支援を要求できる段階にはありません。それでも、お二方に万が一のことも考えて、確認してきてもらってもよろしいでしょうか?」
「……ッ」
「……」
リベロオール男爵閣下の言葉に対して、僕とシオンは共にしかめっ面を浮かべる。
それが、事実なのだとしたら、大変な事態だ。
早々ない話だが、かつてはゴブリンが五億体にのぼるほどに増え、地上を踏み鳴らした事例もある。
もしも、ゴブリンの大量発生が起きていたのであれば、これまでの話を全て意味なかったことになる。
そもそもとして、この国が消滅するだろうから……。
「わかりました」
ここは、頷くしかないかなぁ……。
「二人だけで大量発生の可能性のあるゴブリンの巣穴に行くなんて危険すぎますわ」
そんな思いから頷いた僕に対し、シオンはこちらの耳元でささやくような声を告げる。
「それでも、自分たちが動かない方という選択肢を取る方が不味いでしょ」
「はふん……」
それに対して、僕もシオンの耳に自分の口を近づいて囁き声を返す……ちょっと、シオン。変な声をあげないでよ。
「難しいことは承知の上にございます。調査だけでも構いません。我が街にはまともに動かせるような戦力も少なく、大量発生の予兆を確信できるものにできれば、他方からの支援の要請も出来るようになります。どうか、お願いできませんか?」
「……わかりましたわ。そのお話を受け入れますわ。ティエラ。今、動けます?」
変な声をあげていたシオンはすぐに、リベロオール男爵閣下の言葉を受けて、キリっとした表情に戻って口を開く。
圧倒的な変わり身の早さだった。
「うん、今からでも全然いけるよ」
今の僕は完全武装状態でここにいる。
相手を威圧出来るようにね。
「わかりましたの。それでは、リベロオール男爵閣下。私たちは早速ゴブリンの巣穴の方に向かいますわ。ゴブリンの繁殖能力は本当に異次元。たった一時間放置するだけで、大量発生中であれば、数千体は増えますわ」
「あ、あぁ……」
「今すぐに動かなければならない話ですの。あの二人には先に孤児院へと戻るように言っておいて欲しいですわ。私たちの方は今から、ゴブリンの巣穴に向かいますの」
「……お願い申し上げる」
「わかりましたわ。大船に乗ったつもりで待っているんですわ」
深々と頭を下げるリベロオール男爵閣下の言葉にシオンは力強く頷く。
「それじゃあ、ティエラ。行きますの」
「うん、行こうか」
ゴブリンの大量発生……下手したら、魔王以上の脅威。
人間社会に大きな変容を齎す大事件。
こんなの、ゲームにもなかったし、何の問題もないような気がするが、それでもだ。
この世界では既に僕の知らないことが幾つも起きている。原作知識にないから、と安心することは出来ない。
「ちゃんと、対処しないとね」
僕は警戒心を持って、シオンと共にゴブリンの巣穴がある森の方に向かっていくのだった。
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