事情

 お互いに自己紹介をした後。


「さっき、おばぁが言った通り、私たちはシャリテ教、っていうイミタシオン教とは別の宗教なのよ」


 自分の財布をスッた少女、レビスタが話を切り出していた。


「だから、イミタシオン教の方からの弾圧が強くてね。私たちが建物の老朽化を治そうとしても、誰も仕事を受け入れてくれないし、何かを作って売ろうとしてもダメ。公共機関だったり冒険者ギルドだったりも全然。そんな中で私たちの方も野菜を庭で作ったり、食べられそうな小動物を捕まえてきたり、何とか生活してきているんだけど……それでも、ちょっとキツイところがあってね」


「……」

 

 まぁ、そうなっちゃうよね。

 むしろ、イミタシオン教のことをキリスト教とかに置き換えてみると、圧倒的に穏健派だと感じてしまう。

 もはや、スリなどの犯罪行為へと手を染める以外に金銭の獲得方法がないわけか。


「それでも、こんな中でも、私たちは頑張って生活していたんだよ……別に、犯罪行為とかやるつもりなんてなかったのよ。私だって」


「……んっ?」


 なんか、全然スリなんかやるつもりはなかったかのような口ぶりだね。


「でも……」


 それでも僕は何も言わず、レビスタの次の言葉を持つ。


「待ちなさえ」


 だが、それよりも先にまずは眠ったように微動だとせずに動かず聞いていた老シスターの方であるアルメリアが口を開いて、レビスタの言葉を遮る。


「その口ぶり、何かやったのかい?」


「おばぁ。おばぁは静かにしてて」


「黙ってはおれんぞっ、何があろうとも畜生道には落ちてならんと……私はだなぁっ。特に、この街を生きる人たちのほとんどはお前とは何ら関係ないのじゃ。何かしたのなら、すぐに被害者の方に……っ!」


「うまくいかなかったよ……最初に、目の前にいるティエラの方に仕掛けて、それであっさりと失敗しちゃったよ」


「おぉ、何ということじゃっぁぁぁぁ。すまない、すまない。私の子供たちが大変、申し訳ないことを……っ!」


「いやいや、全然大丈夫だよ?自分はそれくらいを気にするほどに甘い世界を生きていかないから」


 別に冒険者の人たちに財布をスラレたなんて言った日にはどれだけ甘いんだよっ!って笑われてしまうね。良いことはないけど、この世界の治安が日本くらいじゃないことはわかっている。

 そこまで目くじらを立てるつもりもない。

 そんなことより、最初?

 だいぶうまかった気がするけど。


「それで?」


 まぁ、でも、特別にうまかったりとかもあるよね。

 僕もスリとかやったことないけど、相手にバレず全然財布とかをスレる自信はある。


「何か、訳ありそうな事情があるけど、どうかしたの?」


「何もしていないのに、借金だ、って言って、この街の領主が私たちの方に迫って来て……」


「へぇ?」


「わざわざ領主が、ですの?」


「その借金っていくらくらいなの?」


「金貨五十枚よ……そんなの、私たちに払えるわけがないし、借りているわけもないじゃない!それだけあれば、私たちの孤児院だって綺麗なものに建て替えられるわよ」


 この世界の金貨を日本円に治すと大体一枚、十万円くらい。

 五十枚だから、五百万くらいか。


「それで、借金のカタだって言って……自分のお姉ちゃんを強引に連れ去ったのよっ」


「えっ?」


「しかも、その借金が払えないのなら、シャリテ教を捨て、この孤児院を立て壊せと。もし、それが出来ないのであれば、お姉ちゃんを処刑するって……それで、他の子も次々殺していくと」


「……うわぁ」


 ちゃんとキリスト教みたいなことをしていた。

 クズじゃないですかぁ……友達にレトンもいるし、そこそこ複雑だよ、この話を聞くのは。


「おねがいっ!兄ちゃんたち!力を貸してほしいの!私はお姉ちゃんも助けたいし、当然、この孤児院も今の姿のまま残したいの!シャリテ教だって捨てるつもりはないわっ!今の状況を何とかしてほしいの!」


 事情を話し終えた中で、レビスタは僕たちへと懇願の言葉を口にする。


「何を言うか……っ!このバカ娘。今、もうシャリテ教は良いから、せめて子供たちの将来だけは約束してもらえるように交渉してくると……お主が話していたのではないかっ」


 そんな言葉に対して、アルメリアの方は冷静だった。

 妥協点を何とか見出そうとしていた。

 

「駄目だよっ!おばぁっ!そんなの私たちは望んでいないんだからっ!」


 だけど、それをレビスタは力強く否定する。


「おぬし、交渉は私に任せてと言っておきながらまさか、何もしてもおらんのか?」


「当たり前じゃない!私は───」


「なるほどねっ!」


 今にも言い合いが始めりそうな二人の間に割って入って、僕はあえて大きな声を上げる。


「つまりはその適当に吹っ掛けられた借金を返すくらいのお金を稼げばいいわけでしょ?」


 やることはシンプルなようで良かった。


「レビスタ。二人が泊まれるだけのスペースはある?言い値で僕たちはこれでも凄腕の冒険者。どこかの借金くらい楽に返せるくらいのお金は簡単に稼げるよ」


 かなりの無理難題だと思う。

 でも、僕はそれを承知でレビスタの前で笑顔のままサムズアップしてみせる。

 目の前で困っている人を、見捨てられるほどに僕は人として完成されていなかった。

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