第五章 モブと孤児院

ロリ

 シオンは温かった。

 僕の泣き言もその広い心で受け入れ、一緒に夜逃げしようと提案してくれた。


「おぉ……」


 そして、そんな僕は今、シオンと共にまた新しい街へとやってきていた。


「んっ」


 そして、新しい街へと足を踏み入れる僕は今。

 ちょっとだけソワソワしていた。

 これまでの僕は自分が元々ゲームで知っていた場所を観光の為にやってきていた。

 だが、今、僕がやってきた場所は本当に何も知らない街。一切、ゲームに登場しない街だった。

 もう二度、ゲームの主人公たちとブッキングしないように僕たちはそもそもとしてゲームに登場しない、なおかつ、一晩の間で行ける街へとやってきたのだ。


「まずは宿屋を探すところからですわね」


「う、うん……そうだねっ」


 本当の意味で始めてくる街に足を踏み入れてソワソワしている僕に対して、シオンの方はもうどっしりと構えている。

 初めて歩くとは思えない、そんな足取りで街の中を進んでいく。

 そんな彼女の後を僕はただただついていっていた。


「……あるかな?宿屋」


「……ちょっと、自信はないですわね」


 僕たちがやってきた街はそんな栄えているとは言えないような街だった。

 別に寂れている、とまではいわないが、迷宮都市アネッロのことを考えるとその栄え度には大きな差があった。

 街の規模感的にはアネッロとほとんど変わらないけど……肝心の活気はゼロに近くて、観光客や行商人。

 冒険者なんかは訪れなそうな日々の生活で手一杯と言えるような、ここに宿屋があるとはとてもじゃ思えない、そんな街だった。

 そんな街を進んでいくわけだが……。


「んっ?」


 その道のりの中で、自分の隣を通り抜けていた少女が服のポケットに入れていた財布を抜き取ったのにほぼ反射的に反応して、僕は少女の手を捻り上げる。

 自分が強引に止めた少女の手。

 そこにはしっかりと僕の財布が握られていた。


「いったっ!?」


 そんな状況下にあっても。


「あっ、ごめんっ……」


 少女が悲鳴を上げたという事実を前にして、思わず僕は謝罪の言葉を口にして、その手を離してしまう。


「……っ!」


「あっ」


 掴まれていた手を開放された少女は一切迷うことなくすぐに自分たちの元から逃げていく。


「何処、行きますの?」


 だが、そんな彼女の前にはすぐ、シオンが立ちふさがった。

 シオンは先ほど、僕が掴んでいたところを掴みながら、少女のことを鋭い目つきで睨みつけている。


「……離してっ!」


「離すわけがないでしょう?その手にあるものは、何?」


 自分の財布をスッた少女をシオンが追及している中で。


「……」


 流石に、あほだったね、今のは。

 僕は心の中で反省していた。

 今のはちょっと条件反射が過ぎた。いくら何でも、自分の財布を盗んだ相手が悲鳴をあげたからって、手を離すのは良くなかったね。いくら何でも迂闊だった。

 これだから、僕ってば、よく詐欺にあうんだろうなぁ……。

 対応が甘すぎると、つい先日みたいに大変なことになっちゃうから、嫌なところはちゃんと嫌って出来ないと駄目だよね。


「このまま」


「お願いっ!辞めて……っ!私はこんなところでっ!」


 でも、まだ、目の前の女の子は若いしなぁ。


「そこまではしなくていいよ。彼女たちもそれを行うのが必要なほどに切羽詰まっているわけでしょ?それは政治の方の怠慢でもあるわけだしさ」


 僕はやっぱり同情心の方を捨てきれずに、口を開く。


「本気で言ってますの?」


「ははは……どうしてもね。この子だって、捕まる可能性があるのは承知の上だし、仕方ないけど、最後を与えるのが僕たちでありたくもない。ねぇ、君さ、今、どういう状況で生活しているの?何か手伝えるところとかあるかな?」


「そこまでしますのっ!?」


「うん」


 犯罪して、何もせずに同情心だけで開放するのはただの害悪プレイじゃん。

 

「ここで何かをしたとしても、世界に対しては何ら影響を与えませんわよ?全部を救うなんて無理ですわ」


「でも、もしかしたら、僕のこの優しさがこの子に伝わって。それでこの子がまた別の人に優しさを分けてあげれば、いずれは世界が良くなると思わない?」


「理想論ですわ」


「それでも、誰かがそれを掲げないと世界は良くならないんだよ?」


「……ッ」


「というわけでさ、何か手伝えることとかあるかな?」

 

「兄ちゃん……信じられないくらいに甘ちゃんなんだね。何かに利用されない?大丈夫?」


 理想論を掲げて少女へと声をかける僕に対し、彼女の方から逆に心配されてしまう。


「大丈夫だよ、利用されても上から叩き潰すから」


「おー、カッコいい……それじゃあ、さ。兄ちゃん。本当に切実な頼みごとがあるんだけど、聞いてもらっていいかな?」


「うん、別にいいよ?何?言ってごらん」


「ほんとっ!ありがとうっ!」


 僕の言葉を受けて喜びの感情をあらわにし、そのままの勢いで自分の方へと抱き着きに行く構えを見せて、足を一歩前に踏み出す少女。

 それを前にして、僕はそんな彼女を受け止める態勢を取る。


「近づくのはなしですの」


 だが、そんな少女の突進はシオンに摘み上げられて終わるのだった。

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