目覚め

 私じゃ駄目だ。

 私じゃダメだ。

 私じゃだめだ。

 

「ティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラティエラ」


 私はティエラが好きだ。

 だから、駄目なんだ。自分の欲望だけであの子を監禁しちゃうような私じゃ。

 だから、駄目なんだ。自分勝手な私じゃティエラのことを幸せに出来ないから。

 こんな私はただティエラの隣にいるだけでいい。

 それだけで満足するべきなんだ。

 私じゃティエラは幸せにできない。代わりに、誰かがティエラを。

 でも、それでも、私はティエラの隣に……っ。

 ただ、それだけが願いだった。


「……ねぇ、シオン」


 だから、だから、だから。


「な、何……?」


 夜。もう誰もが寝静まったような時間帯に、私の寝室へと悲痛な表情と共にやってきたティエラを見て、震えることしかできなかった。

 捨てられる。

 私は、そう思った。


「どうすれば、良いかな」


 そんな私の前で、ティエラはゆっくりとこっちの方に近づき、自分が眠っていたベッドの端にちょこんと腰かけた彼は口を開く。


「ここ、最近の周りの人の神様扱いについて少し、悩んでいるんだ」


 そして、告げるのは悩みの吐露。

 

「感謝されることは嬉しいけど、それでも、神様として扱われるのは違うというか。僕は、本当にただの平民生まれで、そんな過度な期待されるのも辛いし、彼らが培ってきた宗教観も自分が台無しにしてしまっているような気がして。自分が信じる神様は大事なもので……それを、僕が壊しちゃっているんじゃないかって。何とか、辞めて欲しいんだけど……」


「……」


「どうすれば、いいと思う?シオン」


「……ッ!?」


 ここに来て、わかった。

 頼られている。私は。


「レトンも、なんか、怖くて……」


 縋るような、潤む瞳が向けられる。

 ティエラは今、捨てられた子犬のような表情で私へと縋っていた。


「~~ッ!?」


 その表情が、その事実が、私を蕩けさせる。


「え、えっと……」


「こう、素直に頼めるのはシオンしかいなくて……」


「……っ」


 私しか、私しかいない。

 レトンでも、他の誰でもなく、私だけ。


「何で、それを、私に……?私は、ティエラにとって?」

 

「えっ……?僕は、シオンのことを初めて出来た大事な友達で、仲間だと思っているよ?シオンの方がどう思っているのかわからないけど……」


 ズルいじゃないか。

 ここまで一生懸命我慢してきたのに。

 荒ぶる自分を抑え込んできたのに。


「も、もしかしたら、こうして相談とかされるのも迷惑かもしれないけど」


「ねぇ、ティエラ?」


「な、何?」


「二人で、逃げちゃいましょう?」


 もう、我慢できないじゃないか。

 私はティエラへと手を伸ばし、そのまま彼の軽い体を持ち上げてそのまま自分の下に組み伏せる。

 いつもは、私の前で剣を持って立ち、どんな怪物を前にしても、鬼神の如き力を見せるティエラの体は不気味なほどに何処までも細くて軽くて。

 何処までも美しかった。


「ティエラから相談されて迷惑なことはないですわ。私もティエラのことを大事な仲間だと思っていますわ」


「なら、良かった」


 私の言葉を受けて、ティエラは本当にほっとしたような表情を浮かべてくれる。

 ……本当に、何処までも。

 ティエラは私を狂わせる。


「ティエラが、悩んでいるというのなら、また、別の街に行きましょう?元々そうする予定でしたの。彼らとて、時間が空けばその価値観も変わりますわ。私たち二人でまた別の街に行きますの」


「……あぅ」


「良いですの?ティエラ。ティエラは、私と一緒に別の街に行くのは嫌ですの?」


「い、いや……」


 頬を赤く染めて、視線をせわしなく彷徨わせ始めるティエラ。


「そんなことないよ。うん、二人で、また、別の場所に行こうか」


 彼は私の言葉に頷いてくれる。

 その仕草のどれを取っても、私の理性を溶かしていくような、魅力的で蠱惑的なものだった。

 ……。

 …………。

 

「決まりですのっ」


 それでも、そんなティエラへと襲い掛かりたくなってしまう本能を必死に抑え込みながら。


「それじゃあ」


 私はベッドから何とか這い出る。


「夜逃げしますわよ?さっさと引っ越しの準備をするんですわ。このまま二人で夜の逃避行ですの」


「う、うん……ありがとうね」


「私の方がいつも、ずっとお礼を言いたいですわ」


「うん、約束だからね?」


「えぇ、もちろんですの」


「じゃあ、僕も引っ越しの準備をしてくるねっ」


「いってらっしゃい」


 満足げな笑みを浮かべて自分の部屋へと戻っていくティエラのことを私は笑顔で見送る。


「ふふふ……」


 あぁ……ティエラが、ティエラが私のことを求めてくれたぁ……ならぁ、もう。ティエラは私とずぅーっと一緒だよねぇ?あぁ、夢見心地だ。ティエラはもう、私のもの……。

 ティエラのことを思い浮かべながら、私はまず、洗面所の方に向かっていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る