思い

 シオンが抱いていた感情。

 それは、彼女の中でうまく折り合いがついていなかった。

 これまで親に決められた王子の婚約者として、王子を立て、多くの人と深い人間感情を築くようなことをしてきてこなかったシオンにとって、ティエラは初めて自身が特別に大きな感情を抱いた相手だった。

 だからこそ、シオンはその大きな感情に自分で名前をつけられていなかった。


『へぇー、貴方、ちゃんと好きな人が出来たのね?』


『へっ……?』


 その感情に名を与えたのは自分自身ではなく、ティエラに捨てられて地下室で一人、塞ぎ込んでいたところにやってきたリトスだった。


『それにしても、良い子を好きになったわよね。どんな状況でもずっと気にしているみたいだったよ?愛されているわね。別に貴方の味方をするつもりは微塵もないけど、国家追放はやりすぎだと思っていたからね。貴方が別で好きな人を作れていたみたいでちょっとだけ、本当にちょっとだけ安心したわ』


『……そっか』


 シオンは恋を自覚した。

 シオンは身を焦がれるほどの愛情を自覚した。

 だが、だからこそ。


「……ぁ」


 シオンは今、動けずにいた。

 ティエラとレトンが二人で協力して、大けがを負った冒険者たちを治療して回っているような中で。


 ───私は、ティエラに、何をした?


 シオンの頭の中に巡っている考えはつい先ほどの自分の行動だ。

 ティエラを一方的に拘束するばかりか、地上への襲撃によって多くの被害が出ている中でもこれだけの活躍で多くの人を救った彼を自分の一方的な感情で閉じ込めて。


「は、はは……」

 

 ───最低じゃないか。


「あぁぁ」


 こんな、私といるよりも、あそこで人の為に動いているレトンの方が……カッコよくて可愛くて優しくて慈悲と慈愛に満ち溢れていて誰に対しても優しくて些細な気配りが出来て笑顔が魅力的で困っている人がいたら見捨てられなくて強くてそれでも何処かおっちょこちょいで家事は得意で話上手で聞き上手でどんな悩みにも真摯に向き合って、とにかく完璧で素晴らしいティエラの隣へと立つに相応しいじゃないか。

 

「……シオン?」


「……私はぁ」


 自分では隣に立つ権利などない。

 世界で唯一、駄目な私じゃ。

 ……。

 …………。


「……」


 ……それでも、嫌だ。

 捨てられるのだけは。

 ティエラと一緒にいられなくなるのだけは……それだけは、耐えられない。

 せめて、せめて、せめて、自分のすべてを投げ出そう。

 自分のすべてを投げ出して、ティエラに尽くそう。それだけが自分に出来る唯一の償いであるとシオンは断じる。

 シオンは決意する、ティエラの為だけに生きると。

 例え、そんな彼の隣には私じゃなくて、レトンが立っていようとも───。



 ……。

 

 …………。


 されど、この時のシオンは知らなかった。


「……ようやく、見つけました」


 その渦中の中にいるレトンの内側に渦巻く内情を。


「あぁ、私の神様ぁ」


 レトンが、狂気的な信仰をその身に宿し始めたことを。


「(家に帰ったらなんてシオンに謝ろうかなぁ……勝手に出ていっちゃったしなぁ。危険だ、って言っている中で)」


 こと、ここに至ってもまるでシオンの外は危険だという発言がすべて嘘であるということに、シオンと生家の関係は良好で、問題は何もないということにまるで気づいていないアンポンタンが過ぎるティエラへと。

 レトンが危険な信仰心を宿していることになんて。

 まるで、気づいてなどいなかった。


 ■■■■■


 シオンが己の恋慕を自覚し、だが、絶望を抱き。

 レトンが自身の神様を見つけて、恍惚としていた中で。

 ティエラに注目しているのはその二人だけではなかった。


「……実に良いな」


 この世界の果て。

 世界の果ての果て、この世界に古くより暗躍する魔族たちの長。


「あの少年、ティエラ、だったか?非常にそのスペックが高い」


 魔王もティエラを注視している者の人だった。


「それにあの相貌───くふふ、また、会うのが楽しみだなぁ?ティエラよ」


 ゲーム本編においては未だに、何の姿かたちもなかったはずの魔王が。

 明確な自分の意思でもって存在し、ほくそ笑みながらティエラのことを思い、その手にある酒を呷るのだった。



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