果て

 たった一呼吸。

 それだけで僕との距離を詰めてきた魔王はその腕を軽く振るう。

 その一撃だけで僕の体は吹き飛んでいくが、すぐさま回復魔法が発動して先ほどと変わらぬ姿となる。


「ハッ!」


 そして、そのまま流れるように自分の前にいる魔王へと剣を振るう。

 そんな僕の斬撃は魔王の手で軽く薙ぎ払われ、代わりに飛んできた魔王の一撫でで自分の頭が消し飛ぶ。

 だが、僕はそれでも止まらない。


「まだまだっ!」


 足を止めるな。

 体を動かせ。

 すぐに回復される己の傷……だが、痛みだけは訴えてきている中で、僕は悲鳴を上げている己の体を押し込んで、魔王へと剣を振るい続けていく。

 

「その程度では当たらんぞ?」


 当てる必要はない。

 ただ、近くを通すだけで魔王の魔力を奪い、回復魔法で消費した魔力が回復する。


「それにしても、思ったよりも奪い取られる魔力の量が多いな。これでは我の活動時間が一気に少なくなってしまうではないか。もったいない」


 そんな中で、魔力を奪われることを嫌う魔王が自分から距離を通っていく。


「逃がさないっ!」


「おっと」


 それを僕も追いかけていく。

 脚力でもって力強く地面を蹴り、魔法で加速し、相手の動きは前もって設置していた罠の魔法で鈍らせる。


「ずいぶんと器用な」

 

 僕は器用貧乏であるがゆえに、多くの手札がある。

 その手札をフル活用することで相手を逃がさない。

 

「もう少し、毒も効いてほしいところだけどっ!」


「なぁに、この我に毒がかかっていることを察させるレベルの毒などそうあるものじゃない。お前は確実に誇っていいとも」


「ここで負けたら何の意味もなくなるけどねっ!」


 余裕綽綽な態度を見せてくる魔王へと僕は必死に食らい続ける。

 傷も、体力も、魔法ですべて治る。

 僕は息も切らすことなく戦い続ける。


「……むぅ」


 そんな中で、既に魔王は多くの魔力を既に喪失しつつある。

 その活動時間の限界はそろそろやってくるだろう。


「うむ。長く楽しもうというのは諦めようか」


 そんな中で。


「……ッ!?」


 魔王の圧力が増すと共に、その動きの格が変わる。

 自分の全身が一瞬にして弾けて周りへと血をまき散らし、そして、その間に魔王はその場より撤退する。


「ぐぬっ……」

 

 僕の全身が再び再生出来た時にはもう既に魔王の姿は僕から大きく離れてしまっていた。


「魔法で永遠と再生し続けるお前にダメージを与えるのは至難の業だが……その周りは必ずしもそうであるわけじゃない」


 そして、そんな魔王が矛先として定めたのは僕ではなく、周りにいるみんなたちだった。

 魔王はその手元に魔法の光を宿し、自分の周りと魔法をぶちまけようとする。


「舐めるなァっ!」


 そんな中で、僕は自分の魔力を一気に開放させて、何かあったときのための保険として用意していたものを発動させる。

 それによって動き出すのは辺り一面に散らばっていた僕の血だった。

 大量にぶちまけられていた血がその姿形を変え、結界となって周りのみんなを取り囲む。


「……クソがっ」


 傷一つ残すことなく守りきるつもりだったのだが、魔王の魔法があまりにも強く、僕が展開した血の結界は強度が足りなかった。

 防ぎきれなかった魔法の余波が、周りにいる人たちへと重傷を負わせてしまっていた。

 いや、切り替えよう。

 これで亡くなったものはいない。

 うまくやった方だろう。


「……ほう?うまく使うではないか」

 

「まぁね」


 そんな自己評価を下した僕へと魔王は称賛の言葉を口にする。

 魔王とて、死者ゼロに抑えられるとは思っていなかったのだろう。

 魔王の思惑を変えられただけ、僕の結界は意味があった。


「僕は血を操ることも出来るんだ」


 血液は非常に魔力を通しやすく、魔法発動の触媒にするのは非常に便利だ。

 無から生み出すよりも、何かに性質を与える方が簡単で、血が最も何かを与えやすい。

 普通は大量の血を用意することなんて出来ないが、僕の場合は違う。

 致死性の攻撃を多く食らって、大量に回復魔法を発動させて、何度も復活する僕はその過程で大量の血をぶちまける。

 そんなことをしているからこそ、僕は血を操るような魔法とはかなり相性が良かった。


「普通であれば、それだけでも格上相手に届きうる刃の一つになるな」


「そうでしょう?」

 

 僕は魔王の言葉に頷きながら、血の形を再度変化させる。


「燃えろ」


 そして、その血を炎のように燃え上がらせ、一気に魔王の方にぶつけていく。

 炎のように揺らめき、火花を鳴らす血の炎は通常の炎よりも遥かに熱く、遥かに強い。

 だが。


「我になると効かんな」

 

 僕の炎は魔王にダメージを入れることがまるで出来なかった。

 そんな中でも僕は諦めずに血の炎を矢とし、魔法の方に飛ばす。その矢の中には魔剣グリムの破片が入っている。


「おぉう、こんなことも出来るのか」


 血の炎の矢を素手で掴んで止めて見せた魔王は自分の体から魔力が抜けていく感覚を前にして驚きの声を上げる……魔王の魔力は確実に減っている。

 もう少しで……っ。


「まぁ、良い」


 魔王は一息で僕の血の炎を消し、代わりに拳を握り固める。


「これで最後よ」


 そして、魔王がゆっくりと右腕を持ち上げ、その拳を握り固める。


「……ッ!?」


 ほぼ反射的に、本能的にまずいと判断した僕は後方へと飛びのく。

 それと共に魔法を発動させ、己の前に大量の壁を作っていく。


「……ぁ」


 見えた。目の前に、拳を突き出して己の作った壁を破壊して突き進む魔王が───。


「……ッ!?」


 すべての血を集めて自分の壁を作り。


「ぐっ」


 それもたった一撃で破壊され、魔王の体は自分の前に。

 そんな中で僕は魔剣グリムを持ち上げて、その拳に合わせる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 あっさりと魔王の拳を前に砕け散った魔剣グリム。

 そして、魔王の。

 僕が死ぬ、と本気で覚悟させられたその膨大な力が込められた魔王の拳は、自分の腹に当たる直前で止まっていた。


「……見事」


 否、止まっていたのは拳だけでなく、魔王の体全体。

 満足そうな笑みを浮かべた魔王は、そのままその体を光へと変えていった。

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