モブの覚悟

 先まではキメラだった者。

 煙を突き破った現れた一つの人影。

 それは一人の大男。

 血のような赤き瞳に、一切の血の色を見せぬ白き肌。

 頭皮は黒きに覆われ、それより伸びるのは二本の禍々しい角。

 そして、その背中は黒い翼に覆われている───そんな大男、僕の記憶にあるような魔王がそこに立っていた。


「……っ!?」


 それへと迷いなく突っ込んでいた僕はあっさりと自分の腕が吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされていく己の腕。


「しっ!」


 だが、そんな中でも僕は足を止めずに残っている腕で魔剣グリムを再度握り、駆け抜け、迷いなく剣をその首に向かって振るう。


「……ッ」

 

 そんな僕の剣は軽く受け止められた。

 真っ赤な爪が伸びる二本の指で掴まれたのだ。


「お前、魔王だな……?」


 そんな中で、真っすぐ相手の目を睨みつける僕は口を開く。


「ほう?」

 

 返ってくるとは思っていなかった自分の言葉。

 だが、そんな僕の言葉に、目の前から低い声で返答が返ってくる。


「ふぅむ……何故、我を知る?我の存在は長き歴史の中でほとんど失念されていたはずだろう?何故お前が我を知ったる?」


 意外そうな表情を浮かべている目の前にいる大男、魔王は確固たる意志を持って言葉を話していた。

 ……ほんのわずかな魂の残滓だけでこれほど明瞭に意識を持って喋るのかよっ!


「たまたま、世界を見て遊んでいるうちに知ったんだよ」


「ふっ、ほうけ。若いのに良くやるではないか……それに免じて頷いてやろう。我こそが魔族たちが王だ。我に会えたこと、感激するが良い」

 

 僕の言葉が適当であることなど百も承知、そんな態度を見せながら魔王は自分の言葉に同意し、そして。


「そして、死ねぇい」


 その腕を振るう。

 一切見えなかった。

 気づいたときには、下半身の感覚がなくなり、自分の体がゆっくりと落ちていっていた。


「舐めんなっ!」


 その上で、僕は回復魔法で再生させた自分の右腕で魔剣グリムを再展開。

 完全な不意打ちに近い形で魔剣グリムを魔王の首筋に向かって勢いよく突き刺す。


「ごふっ!?」


「悪いけどっ。僕は事、自分へと発動する魔法だけは聖女クラスに得意でね」


 腕の一振りで上半身と下半身を真っ二つにされた中で、自分の下半身を再生させて再び地面に足をつけた僕は不敵な笑みを浮かべる。


「これは舐めていたな」


 そんな僕に対して、一応は首を貫いたはずの魔王はその手を動かして自分の剣を掴み、そのまま力づくで己の首から剣を抜いていく。


「素晴らしい回復魔法だ。しかも、常時展開型。理論上、塵一つも残さない攻撃を食らったとしても、自動で魔法が発動して再度、一から再生する。何とも素晴らしい魔法を独自で構築したものだ」


「……」


 一度、見せただけで僕の魔法を平然と看破してくるのは辞めてよ。

 僕の回復魔法は全部、自分で一から理論を作っている。

 前世で学んだ生物の知識を活用しての治療魔法は器用貧乏である僕が誇れる数少ないものだ……そんな魔法の数々の中で最も僕が重要視する魔法の性質を初見で看破しないでくれ。


「それに……その剣、我の魔力を吸っておるな?」


「そうだよ?もう僕の戦闘スタイルはわかったでしょう?」


 内心でほんのちょっぴりと焦っている僕はそれでも、魔王の言葉に頷く。

 会話で稼げそうな時間は稼いでしまいたい。


「……」


「僕の戦闘スタイルは至ってシンプル。回復魔法を全力で回して耐久しつつ、それによって消費されていく魔力はこの剣で相手から吸うことで解決する。こいつは相手の魔法からも魔力を奪う。完璧だろう?」

 

「それで、どうやって勝つつもりだ?我から魔力を吸いきれると?」

 

 わかりやすい僕の戦闘スタイル。

 それに対する魔王の疑問に対して。


「その姿で長い間、活動するなんてことは出来ないだろう?」


 僕も疑問で消す。

 今、魔王の体からは赤いオーラとなって魔力が噴き出している。

 これは何もただただカッコいいからやっているわけじゃないだろう……勝手に、なってしまっているのだ。

 目の前にいる魔王は不完全な状態、この状態でずっと戦い続けるなんて無理なのだろう。

 何時かはその体が消えてなくなる……そんな確信が僕にはあった。


「かっかっか!そこまでわかるかっ!」


 そして、それはどうやら合っているようだった。


「路傍の石でしかないと思っていた唯の凡夫がこうして我の前に立つ。どうやら、過去の世代ばかりを見ていたら、我は勝てなそうだっ!」


 そうだぞ、お前は自分の後ろにいるインターリが倒すんだ。

 お前じゃ、勝てない。


「ふぅー」


 インターリはいずれ、魔王を倒す。

 だが、それはあくまでいずれでしかない。

 今、この場で魔王と戦えるのは僕だけ。


「さぁ、死合うか。最後の最後まで一人で粘ってやるよ」

 

 インターリも含め、周りが魔王の威圧感に気圧されて動けなくなっている中で。


「あぁ、良いとも。お前の力、この我が図ってやろう。簡単に死んでくれるなよ?」


「当然」

 

 今、この場で戦えるのは僕だけ。

 ゲームの主人公は、人類の希望は今だけ、僕が守る。


「僕は負けない」


 その覚悟を持って、僕は剣を構えるのだった。それが最善だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る