魔族の目的

 自分の前で蠢いている緑色の液体。

 それに対して、僕は分析魔法を何重にも重ねて放ち、その性質について一生懸命調べていた。


「……なにこれぇ?」

 

 そして、その分析魔法でこの目の前の存在について知れば知るほど首をかしげるような結果となっていた。

 まず、この緑色の液体についてはただただ様々な毒素が入った水でしかなかった。

 ただ、そこに少量のレトンの血も混ざっているが。

 毒素に少量のレトンの血。

 ただそれだけで、目の前にある緑色の液体は無限に地面の方から湧き上がって一つの水柱が聳え立っていた。

 

「な、なんで私の血が混ざっているんでしょう……?」


「さぁ?わからないな」


 レトンの血は魔王復活に欠かせない。

 だが、別に魔王復活に毒素は要らないでしょ。それに、その他の必要なものもほとんどない。

 特に訳が分からないのは何故、無限に緑色の液体が沸き上がっているのか、という話である。

 水が何故か横に広がっていかないせいで、ずっと縦に伸び続けている。

 いつか、雲にまで届きそうな勢いだった。


「どうするか」


 インターリに対して、最も色々な応用が効いて対処できると豪語した僕は今、何をどうすればいいか分からずに困惑の声を漏らし続けていた。

 まず、毒素は何か。

 そして、身投げしていたあの魔族は?

 それと、僕が感じているこの悪寒の正体は何か。

 知りたいのはここら辺だが……それを知るためには、下の方に一旦、行ってみるか?


「んっ……?何か思い当たるものが?」


 僕があぁ、でもない、こうでもないと思考を張り巡らせていた中で、さっきからずっとレトンが自分の方に視線を送り続けていることに気づいて彼女の方に話を振る。


「えっ!?」


 そんな僕の言葉を受け、レトンは何故か頬を一気に真っ赤へと染めて、体を硬直させる。


「んっ……?」


「い、いやいやぁっ!?何でもないですぅ!?」


 そして、声を震わせながら告げるレトンはバッと僕から顔を背ける。


「……そう?」

 

 レトンの方はまだ何もわからな……ッ!?

 僕が一旦、レトンの方からは視線を外そうとしたその瞬間。


「レトンっ!」


「ひゃいっ!?」


 僕はあることに気づいて、レトンの方に近づいて彼女の手を取る。


「これ、どうしたの?」


 レトンの手首に残っている一つの切り傷を見て、僕は疑問の声を投げかける。


「こ、これは……私が魔族に捕まっていた時につけられた傷で……ここから、血を取られてんです、よ?」


「あぁ、なっるほどねっ!」

 

 魔族が何をしようとしていたのか、それを完全に理解した僕は大きく声を上げる。

 魔族は血管からしっかりと少量の血を採取したわけねっ。

 魔力が最も集中する手首の血管から。


「……クソが」


 そして、今の絶望的な状況を把握して悪態をつく。

 魔王をクローン化させているんじゃねぇよ!魔族ども、お前の王だろうがっ。


「気づけよ、もっと早く」


 話は単純なことだった。

 魔族たちは簡易的な魔王を大量生産するつもりなのだろう。

 現在の魔王はかつて、大昔に存在していた勇者によって倒されている───ということになっているが、その存在を完全に殺しきれたわけじゃない。

 魔王は特殊な存在であり、その魂は不滅であり、肉体がある限り、無限に復活し続ける。

 そこでかつての勇者は魔王の魂を幾つも分け、その形を変化させて後世に託し続けたのだ。

 聖女の一族もそのうちの一つであり、今代の聖女であるレトンの血には魔王の魂の一部が流れている。

 その為に、魔王復活にはまず、一度壊れてしまった肉体をゼロから創造するとこより始まる。


「……聖女は伝説上の存在じゃない。真に、神からの祝福をその身に受けた女性より続く永劫の存在。その身、その体は常に神からの加護によって守られる」


「えっ……?」


 その肉体に分割されている魔王の魂を込めていくことになるわけだが、聖女の血に混ざった魂の回収は中々大変で、神の祝福を生きる聖女の一族の血液はただそれだけで魔族にとって毒なのだ。

 ゆえに、作った肉体にまずは聖女の血を慣れさせる必要がある。

 聖女の血液中に溶け込んで混ざっている魔王の魂は、魔力の多いところに溜まる。

 ゆえに、魔力が貯まりやすい手首とかではなく、背中とかから血を採取して、肉体につけていくことになる。

 手首とか、一番手のひらから魔法を使うことが多いのだから、当然、手首の方に一番魔力は溜まることになる。魔力は自分の魂から肉体に移し、魔法を発動させるところ、基本は手のひらにまで魔力を運んでいく。

 背中で魔法を打つなんてこと、普通はしないし、出来ない。

 道理で速いと思ったんだ。

 魔王の魂を全部、集めきるなんてまだ無理なはずだ。

 一旦は、聖女の僅かな血より、僅かな魂を込め、不完全な魔王としてこの世界に顕現させようとしているのだ。

 魔族は。


「魔王の廉価版」


 今、自分の目の前にある緑色の液体。

 これは……いや、違う。魔王の肉体さえも廉価版か。

 あの、落ちていった魔族は、その肉体を魔王に近づけた状態となっているんだ。その肉体を毒素の中に溶かし、薬漬けとすることでその廉価版になっている魔王の肉体を出来るだけ本物に近づけて……。


「……えっ?」


 それじゃあ、あの時に落ちた魔族の肉体がこの液体の毒によって完全に溶けて混ざった瞬間、魔王は動きだす、ってこと?

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