第三章 モブと聖女

神様

 私の人生が狂い始めたのは何処からだろうか?

 やっぱり、ただの農村の牧師の生まれだった私が聖女に選ばれてしまったことだと思う。


『貴方が時代の救世主なのですよ?聖女様』

 

 イミタシオン教より選ばれし聖女。

 その立場は突然、私の元へとやってきた。

 イミタシオン教の経典である聖女に記載されている時代の救世主。

 それは白夜の杖に認められた黄金のような輝きを携えた金髪に、海のように広く大きな器と携えた青い瞳を持ったうら若き乙女であるとされている。

 確かに、私はこれまで誰も持つことが出来ないとされていた白夜の杖に触れることは出来たし、一応そんな大層なものではないとはいえ、金髪碧眼だ。

 確かに、記載にはあっている。

 ただ、それでも、いきなり貴方が聖女だと言われても、それを簡単に呑み込めない。

 ましてや、イミタシオン教の代表として多くの王侯貴族が集まるアルケー王国のイーストカレッジ学園に留学生として通うことになるなんて理解出来ないにもほどがあった。

 つい最近まで平民として生きてきた私に貴族社会での生き方なんてわからなかった。


『何で、あの売女のせいで私がっ!』


『ひっ!?』


 その結果、シオンさんの不必要な怒りを買ってしまったばかりか、うまく自分が意思表示できなかったせいで、その人を死地にまで追い込んでしまった。

 すべては、私がいなければ済むような話だった。


「……お父さん、お母さん」


 両親の愛を受けて、貧しいながらも平和で幸せな世界を生きてきた私にとって、今生きる世界は息苦しくて寒く、ただただ両親の愛が恋しくなるような日々であった。


「寒い……」


 そして、今、私は物理的にも寒いところに放り込まれていた。

 突然起こった見知らぬ人たちによる街の襲撃。

 それを起こした人たちによって連れ去れてのだ。


「うむ。それで?どうだ?聖女の血液は」


「良いです。完全に一致します。間違いなく機能するかと」


「素晴らしい。これで我らが悲願をようやく……」

 

 今、私がいるのは天井から吊るされた鉄の檻の中。

 私は散々と見知らぬ器具で血を大量に抜かれた後、ここでずっと放置されていた。

 そんな自分の周りには街を襲っていたような人たちのような、明らかに人ではない要素を持つ者たちに囲まれている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 そして、そんな私の真下には、煮えたぎる謎の緑の色の液体が入ったあまりにも巨大な大釜が鎮座していた。

 このまま、私が入れられている檻と、天井を繋いでいる鎖が断たれたら……考え、たくもない。


「……私の、神様……何処」


 その記載が本当なのだとしたら。

 私が聖女なのだとしたら。

 何で、私の前に神様は現れてくれないのだろうか?

 神様は苦しんでいる人の前に現れるんじゃないの?


「ねぇ……神様」


 私は今、苦しいよ?


「あぁ……」


 そういえば、ティエラ様との交流は楽しかったな。

 久しぶりに、息苦しさからは解放された、自然なコミュニケーションを取ることが出来た……シオンさんと仲良さそうだから、あまりずっと一緒に居ると前見たいなことになっちゃうからあまり会えないと思うけど。


「ふふっ……は、はは」

 

 まぁ、ここで死んじゃったら何の意味もない話だけど……怖いよ。自分の周りにいる人たちが。自分が独りぼっちのこの状況が。もし、ここであの煮えたぎる緑色の液体に落ちたら。私がこれからどうなるのか。いつも思い出すのは怪我した時の痛みだ。どれだけ魔法で傷を消しても、痛みはずっと覚えている。忘れさせてくれない。

 何で、何で、何で。

 私が、こんな……。


「助けてよ、神様」

 

 神様は、神様は困っている人を助けてくれるんでしょ?

 レリジオーネ神はありとあらゆる苦難を斬り裂く一振りの剣を持ち、静謐さを携えた夜のような黒き髪より見える相反するありとあらゆる罪を焼き焦がす怒りを宿した太陽のような瞳とありとあらゆる罪を許して押し流す慈愛に満ちた海のような瞳で世界を見守り、人類を助けるイミタシオン教の最高神。

 そんな人物が、私の前には……。

 何度も唱えた祈りには……。

 私には……。

 


 地響きが響き渡り、轟音が轟く。


 

 な、何っ!?

 私はいきなり自分の耳に入ってくる大きな音と、檻を揺らす振動で体を起こす。

 そして、その次の瞬間。

 

「……ぁ」


 私が閉じ込められている檻が破壊され、自分の体が放りだされてそのまま真っ逆さまに下にある煮えたぎる緑色の液体の入った大釜へと落ちていく。

 い、いや───っ!


「よっと」

 

 だけど。


「えっ……?」


 私の体は自分の想像する通りにならなかった。

 自分の体は優しく抱えられ、何もない宙の上に留まる。

 そんな私が自分の視線を持ち上げてみれば。


「神、様……?」


 それで見えたのは。


「大丈夫だった?」


 黒い髪に赤と青のオッドアイ───静謐さを携えた夜のような黒き髪より見える相反するありとあらゆる罪を焼き焦がす怒りを宿した太陽のような瞳とありとあらゆる罪を許して押し流す慈愛に満ちた海のような瞳で、私のことを優しく見つめている、ティエラ様の姿だった。

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