撤退
絶好のチャンスは失われた……僕とインターリにとってのチャンスは、だ。
僕は端からこいつのことを知っていて、勝つための準備は万端と言えるように仕込んできているのだ。
「お願いっ!リトスっ!」
「任せなさいっ!」
僕が視線を向ける先、そこにいるのは一つの杖を携えた魔法使い、リトスの姿があった。
「ぬうっ!?」
リトスの杖より放たれた光線は確実に項羽の体を貫いていた。
しっかりと反応して項羽が僅かに避けたせいで致命傷にはならなかったが、それでもしっかりと彼のお腹に大きな穴を開け、大量の血が溢れだす。
「全部使っていたな?」
「ぐぬぅ……」
魔武廟十臣が一人、項羽。
その力と戦闘スタイルは完全にわかっている。
項羽の戦闘スタイルは至ってシンプル。ただひたすらに圧倒的な物理で相手を捻りつぶす。
それだけで最強格の男が項羽である。
今まで僕たちが戦っていた圧倒的な強さでさえ、本調子の彼には程遠い状況である。
そんな物理化け物である項羽を真正面から打ち破るのは厳しい……となると、魔法での攻略を考えるわけだが、それでも、項羽は強力な魔法耐性も持っている。
彼が常に身に纏っている薄い魔力の膜は魔法のほとんどを無効化するような、圧倒的な力を持つ彼だけの魔法である。
これを攻略しないことには魔法での突破なんて不可能……それの攻略の為に僕とインターリはここまで頑張っていたのだ。
「……どこまで、俺の能力を把握していた?」
「ある程度のことしかわからんよ。インターリが軽く遊ばれているところを見て、ある程度の能力を推察しただけだよ」
項羽の身を守る薄い魔力の膜の突破方法は簡単だ。
一回、彼に物理的に命の危機を近づけさせること。
その薄い魔力の膜は発散させることも可能であり、発散させると自分に近づいてきているものを問答用無用でその全てを吹き飛ばすことが出来る。
だが、逆に言うと、これを使わせてからしばらく、項羽は魔法を無力化出来ない。
「……」
改めて考えると無理ゲーだな。
結局のところ、物理的に一回項羽を追い詰める必要はあるのだ。
彼がなぜか、本調子ではない様子なので良かったが……本調子だったら軽く殺されていたね。
やっぱり、早すぎる行動は何かしらのデメリットを魔族側に与えているのだろうか。
「……っ」
そんなことを僕が考えていた時、項羽が拙い魔法を発動させて自分の傷を回復しようとしてくる。
「おっと、それはさせないよっ!」
だが、それを僕は容赦なく項羽との距離を詰めて剣を振るうことで防ぐ。
「ちぃっ……」
「魔法はあんま得意じゃないだろうっ!こんな無様を晒しているのだから否定しても無駄だよ?僕は賭けに勝ったぞっ!」
何も賭けちゃいないけど。
「さて、このまま数時間、僕と踊ってもらおうかっ!」
敵は今も出血しているような状態だ。
「いくら、伝説上の魔族と言えど、血液を失い続ければ死ぬだろう?」
ゲームにおいての項羽の死因は出血多量だ。
このままいけば勝てる、可能性がある。
「……」
僕は表情がガチへと変わった項羽を相手に剣を振るっていく。
崩さないのは攻めの姿勢。
足を前に出して後退していく項羽の距離を詰め、更なる手傷を負わせるために攻撃を仕掛けていく。
それらは軽く項羽の剣によって払われるが、それでも、その間も項羽はその傷から血を垂れ流し続けている。
「ぐぬっ!」
攻撃の主導権はすぐに奪われた。
僕が甘く振るった剣を項羽は軽く弾いて、弾き飛ばし、返す刀で自分の首を狙ってくる。
「ふっ」
迷うことなく魔剣グリムを手放し、重心が弾かれた剣の方に寄るの避けた僕は危なげなく大剣を回避し、再度剣を召喚することで敵の二の手に備える。
「……っ」
そして、再び僕へと向かってくる項羽の容赦ない斬撃。
自分の体を破裂させるには十分なほどの威力を持った大剣の一振り、一振りを僕は確実にいなしていく。
「……無理だな」
呼吸する暇もない。
そんな激闘の果てに、項羽は足を止めて少し後方へと下がる。
「……俺も血を流し過ぎた。ここは大人しく撤退することとしよう。ここまで行ったら俺のカスみたいな魔法じゃどうしようもない」
そして、項羽が口にするのは諦めの言葉だった。
「ティエラ、であったな。その名。覚えておこう」
「……忘れてくれていいよ」
「ではな、良き武人よ。また会おう」
血が溢れる腹を抑える項羽は僕たちの方へと背を向け、そのまま跳躍一つで空を駆け抜けて街から遠ざかっていく。
「いいのか?」
それを黙って見守る僕へとインターリの方が話しかけてくる。
「いや……いいよ。僕が必ずしも相手の攻撃を捌き続けられるわけじゃない。それに、この場には他の魔族たちもいるし、今も救助を待っている人たちがいる。それらに対処する方が優先だ。まずは目の前にあるところから始めよう」
どうせ、今回の経験を活かして主人公たちは成長してくれるだろうしね。
項羽の相手はインターリたちがしてくれるでしょ、僕がここで必死こいて博打を打たなくとも。
「そうだな……というか、待ってくれっ!俺たちにはやらなきゃいけないことがあるんだよっ!」
「えっ……?何?」
もう既に大きなイベントは去った。
そう勝手に思って安堵しきっていたところに焦ったようなインターリの焦ったような言葉を告げられた僕は困惑の声をあげるのだった。
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