街中の聖女様

 インターリたちと別れた後、シオンと二人で彼女の誕生日を祝った次の日。


「ふんふんふーん」


 僕は一人、早朝から買い物の為に街へと繰り出していた。

 今頃、シオンの方は自分がプレゼントとして採取してきた花を飾っているところだと思う。


「今日の夜ご飯は何にしようかな」

 

 今、自分たちが滞在している宿泊所はこの街の中でも最高級クラスのところであり、普通に家のような形で暮らすことが出来る。

 料理は僕の担当で、こうして街へと繰り出して今日は何を作るかと悩むのは僕のお仕事であった。


「んっ……?」


 この街で食料品の販売を主に取り扱っている区画の商店街を歩く僕は自分の視線の先に見覚えのある少女の後ろ姿があることに気づく。


「あれ、レトンじゃないかな?」


 自分の少し前にいる少女の後ろ姿はレトンにそっくり……というか、神官服を着ている人なんて珍しいので見間違えるようなことはないだろう。


「っ!」


 なんてことを考えながらふらふらっとレトンの方に僕が近づいていると、たまたま後ろへと振り返った彼女がこちらへと気づく。


「おはよう。昨日ぶりだね」


「おはようございます」


 目があった僕たちはそのまま互いに距離を詰め、挨拶を交わしあう。


「そちらも買い物ですか?」


「うん、夕飯の買い物をしようとね。朝と昼は作りすぎちゃった昨日の夜の残り物を食べる予定なんだけど、夜はしっかりと作らないといけないからね」


「なるほど。そうでしたか」


 そして、僕とレトンはそのまま雑談を交わしながら二人で並んで商店街を進んでいく。


「そちらも買い物?」


「えぇ、そうですね。私たちは四人所帯ですし、何よりもジャーダ様が良くお食べになられますから」


「なるほどね。それじゃあ、僕よりも買い込むわけか」


 話しながら買い物して進んでいる中で、既にレトンは僕の五倍以上のものを買っている。

 荷物は既にパンパンで、その一部を僕が持ってあげているような状態だった。


「それだけ多いと、料理を作るのも大変そうだね。一人で作っているの?」


「はは、私しか作れませんから」


「大変そうだね」


「大変ですが、充実した毎日を送らせてもらっているので大丈夫ですよ。自分の料理を食べて喜んでくれる皆様の姿を見るのは幸せですし」


「それならよかった。それで話は変わるけど、昨日は途中で帰っちゃってごめんね。パーティーの約束を破ちゃって」


「いえいえ、そんな。むしろ、謝るべきはこちら側です。貴方の事情を考えず、こちら側の事情を押し付けすぎました。申し訳ありません。インターリ様たちも反省しておりました。また、今度。別途何かでお礼させてください」


「あー、考えておくよ」


 そんな機会訪れそうにないけど。

 あんまりシオンを置いて、主人公たちの陣営にすり寄るのはね。あくまで自分はシオンの仲間であるという立場は崩したくない。


「それと、一つ。お礼を言わせてください」


「んっ?何?」


「シオン様を助けていただきありがとうございました」


「えっ……?」


 自分たちの会話の中で、急に信じられない言葉が飛び込んできた僕は思わず困惑の言葉を上げて足を止める。


「君たちにはただならぬ因縁があったのでは……?」


 えっ?お礼を言うの?シオンを助けたことに対して?

 それが理解できない僕は困惑しながら疑問の声を上げる。


「そんな、大きな因縁ではないですよ。ただ、私が嫌がらせを受けていたんです」


 そうだ、レトンの方はシオンの方から結構壮絶な嫌がらせを受けていた。

 毎日のようにいびられていた。

 基本的にシオンは何か手を上げるようなことはしなかったが、そんなのは些細な問題でしかない。

 そして、その果てには。


「シオン様が国家追放にまで行った一番の原因は私を学園を追い出そうとしたからです。濡れ衣を着せようとしていたんです」


 シオンはレトンの方を学園から追い出そうとした。

 レトンに濡れ衣を着させ、犯罪者として裁いてやろうとしたのである。

 だが、そんな目論見は達成されず、結果的にはシオンが裁かれる側に回ってしまうことになった。

 本来は国家追放にまではいかないような話であったが、インターリが話を広げた結果、そこにまで行ってしまったという話だったと思う。


「……それは、シオンが悪いのでは?あまり事情を知らないから深いことは何も言えないけど」


「私が、悪かったんですよ、元はと言えば。私は貴族としてのルールが良く分かっていなかったですし、色恋沙汰にも無縁で。最初に自分が好ましくない態度を取ってしまったのが悪いんです」


「……」


 あくまで、レトンは被害者で、シオンが加害者であることはどうあっても変わらないから、そんな負い目を感じているような態度で話す必要はないと思うんだけど。


「……」


 やっぱり、ゲームではさほど描かれていなかったけど、貴族社会の中で一人、平民として生きていくというのはそれ相応に厳しいのかな。


「僕にそんな堅苦しい言葉じゃなくていいよ?同じ平民だし」


 そんなことを思ってしまった僕はシオンについてはそこまで深く聞かず、同じ平民という立場から気を楽にするよう告げる。


「……っ。ふふっ、いえ、私はもうこれで慣れてしまいましたので……ですが、少し気を楽にさせてもらいますね」


 そんな僕の言葉を聞き、レトンの方は小さく笑みを浮かべてくれるのだった。

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