お引越し

 常闇の森林でのゴブリン討伐。

 それを危なげなくこなした次の日。


「馬車はあるけど、元々は僕一人用の馬車でそんなに荷物が入るわけじゃないから、色々と絞らなきゃいけないかもっ」


「わかりましたわ」


 僕たちはミルヘンを出発し、別の街へと向かう準備をしていた。


「とはいえ、私の荷物はほとんどありませんわ」


「僕もそんなにないけど、主に食料面がヤバいかも」


 一人で移動するのにそんな大きいな馬車はいらないと思って、小さいのを拵えていたせいでちょっと積み荷の積載限界を前に大きく頭を抱えることになっていた。

 

「うーん」


 我が家の車庫に入れていた馬車。

 そこにとりあえず食料と水を入れただけなのに、もうパンパンである。


「荷台の方には一人座ってもらうし……」


 そんな馬車を前に、僕は荷台の中をどうするか考え、独り言を漏らす。


「別に私たち二人で御者台の方に乗ればいいんじゃないのですの?」


 そんな僕へと、自分の隣にいるシオンが二人で御者台に乗り、荷台をもう本当に荷物を積むだけの空間にしようと提案してくる。


「いや、だいぶ御者台は小さいけど」


 御者台は一人用だ。

 二人で座ることを想定していないし、かなりキツイと思うんだけど……。

 

「大丈夫じゃないですの?ティエラは小さいですし」


「いや……でも」

 

 シオンの言葉に対して、僕は視線を下げるのを我慢しながら、言葉を濁す。

 ……シオンの巨大なケツは、問題な気がするのだけど。僕が小柄であることを差し引いても、シオンの豊かなおケツは。


「ひひぃーん」


 僕がだいぶ失礼なことを考えている中、馬小屋の中にいる自分の愛馬、ちゅんちゅんが鳴き声を上げる。


「まぁ、一旦はすべての荷物を積めてから考えようか」


 一回、ちゅんちゅんの鳴き声で会話が途切れたことを感じた僕はさらりと話題を流していく。


「わかりました。服とか、持ってきますわ」


「うん、お願い」


 自分の隣にいたシオンが家の方に戻っていく中、僕はしばらくの間、ちゅんちゅんの頭をナデナデする。

 

「よしっ」


 そして、しばらくナデナデした後、僕もシオンから少し遅れるような形で家の方に向かって自分の荷物をまとめる。


「これとこれ……」


 とはいっても、そんなに荷物はないけど。

 世界を旅することを目的とする僕の荷物はそこまで多くない。服装とかは出来るだけ現地で揃えるようにしているしね。

 だから、基本的に僕の荷物は移動時に着る数着の服装。それと歯磨きセットだったりの必要最低限のものたちだ。


「まぁ、こんなものでしょう」


 荷作りなんてもう慣れたところだ。ここまで何回も荷作りを行っているわけだからね。

 自分の部屋で荷作りを終えた僕は満足げに頷く。

 今回も荷物はカバン一つの中に収めることが出来た。


「あっ、ごめん。待たせちゃったね」


 カバンを一つだけ手に持った僕が車庫に戻ってきたとき、そこにはもう既にシオンの姿があった。


「いえ、先ほど私も終わらせた後ですので。私の方は既に荷台の方に荷物を載せていますわ」


「あっ?そう、ありがとう」


 シオンの言葉に頷いた僕は自分の手の中にあるカバンを持って、荷台の中を覗き込む。

 荷台の中には既にシオンの荷物が載せられており、そこにはもう空いているスペースが僕の持っているカバンを一つ入れられるくらいしかなかった。


「いや……うん」


 いや、シオンの荷物、多くね?と、一瞬だけそんなことを思ってしまった僕であるが、まぁ、でも女性ならそんなものかぁ……と受け入れる。


「やっぱりスペースはなくなったか……」


「これはもう、一緒に御者台の方に乗るしかありませんわ」


「んー、そうだね。もう、そうしようか」


 このまま荷物を減らしていくのもあれだしね。


「シオンは先に乗っていて、僕はちゅんちゅんの方を出すから」


「……ちゅんちゅん?」

 

 僕は馬小屋へと向かって扉を開け、ちゅんちゅんを外へと出す。


「ひひぃーんっ!」


「はーい、こっちだよ」

 

 そんなちゅんちゅんを僕は馬車と彼女を繋いでいく。

 ちなみに、ちゅんちゅんは立派な雌馬である。


「じゃあ、隣座るね」


「はいですの」


 ちゅんちゅんをセットした後、僕はシオンが既に座っている御者台の方に腰掛ける。


「……いや、ちかっ」

 

 そして、すぐにその感想を口にする。

 一人用に僕とシオンが座れば、もうそこはパンのパン。

 僕とシオンはこれ以上ないほどに接触することになっていた。


「ふふっ……」


 シオンのデカケツとも僕は接し合っている。

 うん、童貞には結構きついよっ!?


「……あったかい」


「じゃ、じゃあ、行こうか」


 頬が熱くなっているのを感じる僕は、出来るだけシオンの方を意識しないように努めながら、出発の為、ちゅんちゅんへと合図を出す。

 既にお世話になった人達の挨拶は済ませている。

 僕は馬車の為に用意されている街の道を進み、ここ、ミルヘンを後にして新しい街の方に向かっていくのだった。

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