後悔

 酒が入った後のシオンはヤバかった。

 長らく連れ添った婚約者である自分がいながら別の女に鼻を伸ばしていた主人公への恨みつらみ。

 平民という身でありながら、平然と婚約者のいる王子に近寄っていくメインヒロインへの恨みつらみ。

 自分に対して、平民はゴミだという価値観を植え付けておきながら平然と平民の味方をし始めた両親への恨みつらみ。

 それらすべてをシオンは酒と共にぶちまけていた。


「まぁ、でも割と当然だよなぁ……」


 ゲームをプレイしていた時は平民であるヒロインに嫌がらせていたウザったいシオンがざまぁされていてテンションをあげていたが、この世界で生きてきた価値観を考えると……冷静に、平民が王侯貴族と対等みたいな面をしているのはヤバい。

 この世界の貴族社会、身分社会というのは根強い。

 貴族に何かをされたからと言って、平民が何か出来るはずもなく、そして、されたからと言って王族に泣きつくとかマジでやべぇ。普通に。

 割と信じられないことをしている。

 シオンに殺されてもおかしくないような動き方はしている。

 それで実際に殺そうとしたシオンもちょっと怖いけど。


「ふんふんふーん」


 ちなみに、昨日のシオンがぶちまけていたのは恨みつらみだけではなく、ゲロも一緒にだった。

 シオンは深夜まで馬鹿みたいに騒いだ後、気持ち悪くなった大量にゲロ吐いて、そのままぶっ倒れて眠ってしまった。


「……凄かったなぁ」


 あまりにもシオンが酔って大暴れしているものだから、もうちょっと僕は引いちゃってあまり酔えなかった。

 床に倒れてしまったシオンをソファに寝かした僕は普通にベッドで睡眠して朝、シオンのゲロを掃除している最中だった。


「なんか、もう割としみ込んでいるなぁ」

 

 ゲロの掃除をしている……とはいっても、掃除の仕方なんてわからん。

 普通に掴めるゲロを素手で掴んでゴミ箱に捨てた後、雑巾一つもって床をふきふきしていた。

 

「菌とかもあるし、ちゃんと殺菌してーと」

 

 こんな雑な方法であったとしても、魔法で殺菌すれば特に問題はないでしょう。


「……いやぁ、僕も色々と価値観は壊れているなぁ」


 流石に美少女のゲロだとしても、素手で掴むとかは衛生観念的に無理だったけど、今の僕は全然気にしない。

 世界を旅していると、ここら辺まったく気にしなくなってくる。魔法で殺菌すればいいや、っていう安直な考えになってくる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ」


「なんっ!?」


 なぁーんてことを考えながら、ゲロの掃除をしていた僕はソファの方から咆哮が聞こえてきてそちらの方に視線を向ける。


「わ、わた、くしはなんてことをしたんですのぉぉぉ!?」


 そこにはソファの上、寝起きで叫んでいるシオンの姿があった。


「あっ、おはよう」


 そんなシオンへと僕は声をかける。


「わ、忘れてくださいですのっ!?昨日の醜態はァァァ!?」

 

 それに対して、ソファの方から身を乗り出して僕の方に乗り出しながら大きな声を上げる。


「あっ、そこは辞めた方が良いよ。そこ、ゲロ吐いたところだから」


 そんなシオンへと冷静に返す。


「あぁぁぁあっ!?そうでしたわぁ!?私、吐いてもいますのぉぉぉぉぉおおおおおおおお!」


 そして、それを聞いたシオンはゲームのキャラなんて何処へやら。

 身をよじらせながら床へと崩れ落ち、咆哮を上げる。


「気にすることはないよ。別に、割とある光景だから」


 そんなシオンの肩に手を置いた僕は慰めの言葉をかける。


「ないですのぉ!?」


「あるあるだよ、こんなの」


 安酒飲んで吐いている奴なんて、夜の街を歩けば毎日見られる。


「こんなの気にすることないって」


「気にしますわぁ……っ!お願いですのぉ、私を見捨てないでくださいましっ」


「いや、見捨てないから。昨日、言ったこと、覚えている?」


「全部、覚えてますわぁ……醜態も全部」

 

 あれだけ飲んで、あれだけ酔って、記憶を飛ばしていないのちょっと珍しいね。


「醜態のことは一旦忘れよ?これからどうするかについても話したじゃん」


「……そ、そうでしたわね。け、結構なことを私は言っていましたわぁ、あ、あれはなしでぇ」


「いや、なしにする必要はないよ」


「ありますのっ!私、結構なことを要求していますわっ!私を仲間にしてほしいだの。家に住まわせてほしいだの。家事は何も出来ないから全部やってほしいだの。図々しいことこの上ないですわっ!そんな身で何がいえますのっ!なしにする必要しかないですわっ!」


「いや……でも、僕はお前がいてくれた方がいいもん」


「ふぇっ!?」


「リアルな話、最近僕は自分の限界を感じ始めていてね。飲みの場でも言った気がするけど、僕の目的はこの世界のすべてを見て歩くことなの。それを達成するのに、一人は無理」


 一晩あったのだ。

 自分の方も考えはまとまる。

 ほぼ衝動的に悪役令嬢を連れて帰ってきてしまったのだが、この選択は失敗じゃないだろう。


「貴族として育ってきた育ちの良さと知識。そして、実力。ありとあらゆる面を見て、シオンが僕の仲間になってくれると助かるんだよね」


 あと、ついでに言うと、シオンは美人さんだ。

 僕みたいな童貞の視点で考えると、明らかに高嶺の花で、恋人にしたい!なんて考えるのもおこがましいような相手だけど……それはそれとして、自分の味方として隣にいてくれると目の保養になる。


「君は、一回、僕と味方になると言ってしまったわけだからね?もう逃がさないよ。シオンには僕と一緒に世界を旅してもらうからね」


 僕が一番行きたいところは水晶迷宮というこの世界でも屈指の危険地帯なのだ。

 そこに行くための味方はずっと作る気だったのだ。

 シオンはゲームの攻略本で、運営サイドが才能だけはピカイチだった、と太鼓判を押していたからね。

 そんな人材を逃すつもりはないよ。


「は、はひっ」


「よしっ!それじゃあ、仕事に行こうか!僕は昨日、受けた依頼の報告も受けなきゃいけないからね!」


 そんな思いを持つ僕の言葉にシオンが頷いたのを見て、満足げに頷いた後、僕は意気揚々と立ち上がるのだった。

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