ワイン

 自分の前でパスタを食べると共に、涙を流し始めたシオンを前に、僕は動揺の声を漏らす。


「ご、ごめんなさいですの……」


 そんな僕に対して、シオンは涙を流したまま謝罪の言葉を口にする。


「いや、全然謝ることはないけど……なんか、駄目だった?」


「うぅん、違うんですの……人の、温かさに触れたのが、本当に……久しぶりで。美味しいですの」


 駄目だったかどうかを尋ねる僕の言葉にシオンは首を横に振る。


「そっか……」


 まぁ、どれくらい森を彷徨い歩いていたのかは知らないけど、あの服の汚れようからしてある程度の時間は彷徨っているだろうから……人恋しくもなるだろう。

 本当に、人格が変わるくらいの体験をしたんだなぁ……。


「……」


 僕は自分の前で泣いているシオンを前にし、どういう表情を浮かべればいいのか悩み、複雑な表情を浮かべながらパスタを食べ進める。


「美味しかったですの」

 

 それからしばらく、ずっと泣きぱなっしんで黙々とパスタをすすっていたシオンはあっさりとご飯を食べ終える。


「ご馳走様」


 そして、そんなシオンへと続くようにして僕もパスタを食べ終えた。

 うん、この間に一切会話ゼロで僕はちょっとだけ気まずかったよ?なんか、向こうは感激してだと思いたい涙を流して一心不乱に食べ進めていたからいいとして、僕はずっと泣いている女性を前にしてどうすればいいかわからず、ずっと何とも言えない気持ちだった。

 いや、ここは放置するのが一番!なのかもしれない。

 もう正解はわからない。

 でも、僕は童貞だから、何もしないとおろおろして、それでなお何も出来ないからずっとおろおろすることしかできない。

 くそぉ……っ!これも、全部僕が童貞だからだぁっ!?


「……これから、どうする?」


 そんなことを考えながらも、僕は食事を済ませたところでシオンへと疑問の声を投げかける。


「……私に、何が出来るんですの」


「いや、元々は貴族なんだし、出来ることはいっぱいあると思うけど」


「……怖いですわ。今の私は何に対しても、恐怖で動けそうにないですの」


「……っ」


「う、うぅ……自分が情けないですの」


「じゃあ、それなら僕の家でしばらくは住んでいていいよ。確かに、色々あった後、すぐにこういうこと聞くべきじゃなかったよね……」


「そ、そんなっ!?そこまでお世話になるわけにはいかないですのっ!」


「別に、気にしなくていいよ?金には困っていないし、家も広めのを買っているし」


 僕の家は彼女が出来ても問題ないような設計となっている。


「で、ですが……」


 全然構わないよ!そういうスタンスを見せる僕に対して、シオンはぶんぶんと首を振って否定する。

 そんなシオンは……いや、マジでこういう時ってどうすればいいの?


「あぁー!もう、よしっ!」


 空気が重く、永遠と沈んでいるような中で、僕は大きな声を上げて立ち上がる。


「ここは葬式の場じゃないんだよっ!もうちょっとだけテンション上げていこっ!」

 

 そして、キッチンの方からワインを持ってきて彼女の前に差し出す。


「お、お酒ですのっ!?わ、私はともかくとして……成人していないティエラ君はダメじゃないですの?それに、私はお酒なんて飲んだことないですの」


「えぇねん!えぇねん!僕が一番最初にお酒を飲んだのなんて齢一桁の時だよっ!気にするもんじゃないよ」


 お酒は子供の成長を阻害させるよね、という認識は平民の間でもある程度広がっているが、だからと言って酒を控えるようなことを平民はしない。

 ゲームの描写的に貴族であれば、二十歳になるまでは飲酒を避けるような雰囲気があるよね。


「で、でも……っ!」


「こんなものラッパ飲みだよ!」


 僕はシオンの前に差し出したワインの入った瓶とは別の、もう一本の蓋を開けると共にそのまま注ぎ口へと口をつけて、そのまま胃の中に酒をぶち込んでいく。


「えぇっ!?なんですの!?その飲み方っ!ワインは香りを楽しむものですのっ!?」


「安酒に香りも、クソもないよっ!酔うための酒なんだからっ!ほら、シオンも一気っ!これが平民流だよ?」


「……あぁー、わかったですのっ!郷に入っては郷に従えですのっ!」


 ワインをラッパ飲みして、気分よく言葉を響かせる僕。

 そんな僕を前に気圧されるシオンは自分の圧に負けて、アルハラされた社会人の如く、おずおずとしながらワインの直で口つけて飲み始める。


「さぁ!テンション上げて、この後について考えていこうっ!」


 そんなシオンを見て、僕は更に声をはりあげていくのだった。

 もう童貞がこの空気を打破して、相手から話を聞きだすにはもう酒の力しかない。

 そう思った僕はこの場を飲みの場へと変えてしまうのだった。

 ……。

 …………。

 それからしばらく。


「あのクソ野郎っ!婚約者の私を置いて何、他の女に鼻の下を伸ばしているんじゃ、ボケェっ!そして、あの平民も平民よっ!人の婚約者に馴れ馴れしく近づいてんじゃないわよっ!何が私は友達だからーよっ!そういう奴が何時の間にかヤッているんじゃない!私ってばまだ全然処女だけど、とっくにもうあの二人は出来ているんじゃないかしらっ!そんな状況をこっちが看過出来るわけないじゃないっ!私には公爵令嬢としての立場もあるのよっ!」


 堂々と下のネタを口にするシオンが豪快な仕草でワインを瓶のまま仰いで、胃の中へと一気に流し込んでいく。


「というか、あのクソ両親もクソ両親よっ!あいつらさんざんと私に平民はゴミだとか言っていたくせに、自分が追放された時は普通に私じゃなくて、平民の味方をし始めるじゃないっ。なぁーにが親として恥ずかしいよっ。平民を見下していたのは貴方たちじゃないっ!恥ずかしいのは貴方たちよ!つか、そもそもとして、あんたらまともに私と会わないじゃないっ。こっちは、ずぅーっとこちらを触れちゃいけないもののように接してくる使用人どもに囲まれながら、一人で成長したわいっ!はぁー、クソクソクソっ」


 最初はおずおずとしながら、酒を飲んでいたシオンは今。


「もうみんな馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁっ!うわぁぁぁぁぁぁあああああああああああん!?」


「そうだよね、辛かったよね、わかるよ。それは彼氏さんが悪いわ。僕ならそんな気持ちにさせないのにな」


 もうすっかりと出来上がって、僕がちょっとドン引いちゃうような酔っ払いと化して好き放題言葉を吐き連ねていた。

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