悪役令嬢

 シオン・ジェロシーア。

 彼女はゲームに出てくるいわゆる悪役令嬢と言えるようなキャラだ。

 一国の王子である主人公の婚約者であるシオンは、作中に登場するメインヒロインである平民出身の少女に対して、徹底的で陰湿な嫌がらせを行っていたような人物だ。

 このシオンはゲーム本編に割とすぐに主人公の手自ら断罪され、国家追放の憂き目にあっている。

 つまり、今、僕の前にシオンがいるということは……。

 

「……もう、こんな時期なのか」


 もう既に、この世界の時間軸は本編のシオン追放まで進んでいるということだろう。

 そっか、主人公たちは僕の三つ上なのか。本編開始時の主人公やメインヒロイン、シオンは三歳上の十五歳だったはずだから。


「な、何者ですの……ッ!?」


 なんてことを僕がぼんやりと考えている間に、さっきの中腰となって御尻を地面の方に近づけたい姿勢を仁王立ちへと変えていたシオンがこちらを睨みつけながら疑問の声をぶつけてくる。


「あー、そうだね。僕はティエラ。ただの平民だよ」


 そんなシオンの言葉に対して、僕は自分の簡単な自己紹介を口にする。


「……そんな人が、なんで私の名前を知っているんですの?」


 自分の簡単な自己紹介に対し、シオンは警戒心でもって疑わしいものを見るような視線を向けてくる。


「いや、僕の出身国はアルケー王国だから」


 それに対する僕の答えは簡単だ。

 今、僕たちがいる国はフェルス王国というゲームの舞台になっているアルケー王国の隣国に当たる。

 当然、フェルス王国に住む平民階級であれば隣国の公爵令嬢のことなど知らなくて当然だろう。

 だが、僕はアルケー王国で生まれた人間である。


「……ッ!?」


「しかも、出身はジェロシーア公爵領だし。流石に自分が暮らしていた領地の令嬢くらいは知っているよ」


 なおかつ、僕はジェロシーア公爵領の生まれでもある。

 ゲーム知識云々は一旦置いておいてもなお、彼女のことは当然のように知っていた。


「それで?貴方こそ、こんなところで何を?」


 シオンの言葉に答えた僕はその後、今度は自分から疑問の言葉を投げかける。

 ちょっとだけ意地の悪い質問を。

 彼女の口から、自分で国家追放という重い処分を食らったという事実を告げさせようとする。


「わ、私は……」


 正直に言うと、僕は別にシオンが好きではない。

 普通にゲームではウザったいキャラだったし、プレイ中は無様に国家追放の憂き目にあってモノローグでサラッと死んだ扱いを受けていた彼女の姿を見てざまぁっ!とか思っていたものだ。


「……ひぐっ」


「……ぁっ」


 だが、こうしてボロボロの姿となって放浪し、自分の意地の悪い質問を受けて、泣きそうになっているシオンの姿を見て僕は殴れたかのような衝撃を受ける。

 その姿は、実に痛々しかった。


「ごめん」


 今のシオンの姿を見て、実際に死にかけていた人の姿を見て、意地悪してやろう。

 そんな下種たる考えを浮かべてしまった自分のことを嫌悪しながら、僕は慌てて謝罪の言葉を口にして、彼女の体を抱き寄せる。

 何日、この森の中で放浪していたかわからないシオンの体はこれ以上ないほどに冷え切っていた。


「何も、答えてくれなくていいです。人には言えないような事情があるということはわかりました」


「……ッ!?い、いや……ちが、ちがっ……私が」


「大丈夫ですから、答えなくて。事情は察しました」


 こんな彼女を、今以上に痛めつけようなど僕には思えなかった。


「……ぐすっ」


「大丈夫ですから」


 そんな思いで、僕はシオンの方へと優しく声をかけていく。

 

「……うぁわっ、っぐす、」


 冷静に考えると、めちゃくちゃきしょい行動ではあるが、シオンはそんな僕の体に抱き着き、顔を自分の体にうずめながら静かに涙を流し始める。

 そして、そのままの状態のまま時間が流れ始める。


「ぐすっ……うう」


 それからしばらくして、泣いていたシオンの涙は収まってきた。


「よ、よしっ」


 なんか、ほぼ反射的に、衝動的に女の子であるシオンのことを抱き寄せて柄にもないことを口にしてしまっていた僕は今さらになって自分の童貞心がこんにちは。

 滅茶苦茶恥ずかしくなって、僕はシオンから離れる……女の子に抱き着くとか、初めてだったんですけど。

 ……。

 …………。

 女の子って、良い匂いのイメージだったんだけど、普通にシオンは信じられないくらい臭かったな。

 冷静に考えて、ずっと森の中を放浪していたんだから、当然ではあるんだけど。


「これから、行く当てとかってある?」


 だいぶ失礼なことを考えていた僕は切り替えて、この後のことについて話を切り出す。


「……ないですの」


「なら、一緒に行こうか。最近、小さな家を買ったばかりでね。一人くらいなら迎え入れられるよ」


「……ありがとうですの」


「気にしなくて、いいよ。ほら、行こうか」


「……うん」


 歩き出した僕の言葉に頷いたシオンは、さりげなくこちらの服の裾を掴みながら隣を歩き始める。


「うぅん……」


 ちょっと童貞としてはその仕草にだいぶ、ドキッとしてしまうのだが……まぁ、でも、彼女はただ心細いだけだよね。


「ここから街まではちょっと遠いんだけど、頑張ってついてきてね」


 僕は気にしないこととして先へと進んでいく。


「……私は、アルケー王国の常闇の森林に入る入り口。ちょうど、アルケー王国とフェルス王国の国境部のところから追いだされて、この場所にまで歩いてきたのだけど、街の方には近づけていたんですの?」

 

 そんな中で、ポツリと、シオンが疑問の声を上げる。


「ん?あぁ、うん。近づいていたと思うよ。シオンの頑張りは無駄じゃないと思うよ」


 常闇の森林というのは今、自分がいるこの森のこと。

 アルケー王国から、ここまでというと、だいぶ街の方に近づけてはいると思う……最短距離、というわけでもないけど。


「……ッ、良かったですの」


 僕の言葉を聞いたシオンはほっと息を漏らす。

 これまでの自分の頑張りを確認するように。


「……そうだね」


 うーん……やっぱり、ゲームはゲーム。

 リアルはリアルだな。

 こうして実際に会って、苦しんでいるシオンのことを見捨てるなんて出来るはずもないね。

 僕は既に断罪済みの悪役令嬢であったシオンを連れ、この森の方から出るために歩を進めるのだった。

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